母の転移性肺がん(乳がん)闘病記時系列年表

母の闘病記録を時系列順にまとめてみました。
乳がんが発覚したのは今から20年以上も前のことです。相当昔の話なので母の記憶が間違っている部分もあるかもしれません。

その点をご了承いただき、この先を読み進めて頂ければと思います。

20年以上前に、乳がんステージⅠとして手術&抗がん剤(?)を半年間服用する

乳がんではないけども、このままほおっておいたらそうなるかもしれないから、いまのうちに切除したほうがいい・・・。」

母は主治医にそのように言われ、20年以上前に右乳房全摘出手術を受けることを了承しました。その後、

「髪の毛が抜けることがあるかもしれないけども、しっかりと治す為だから頑張ってこの薬を飲みましょう」

と言われ、おそらく抗がん剤らしきものを半年間飲み続けました。

実際には、母はステージⅠの乳がんでした。当時の記録を見ましたから間違いありません。
当時は患者本人に「ガンの告知」を行うことは少なかったでしょうから、このような「あやふやな説明」をしたのだと思います。

家族として納得いかない部分もあります。
本人も「真実を知っていれば、毎年検診を受けていたはずなのに・・・。」と言ってますが、再発したものはしょうがないです。今さらあれこれ言っても仕方ないので「前を向いて歩いて行くべき」だと思います。

検診でひっかかった。しかし病院に行かなかった・・・。

健康診断の結果

3年前の検診で、胸部に「要検査判定」が出ていたのですが、母は病院に行きませんでした。
私も母のガンが発覚するまでこのことは全く知りませんでした・・・。

聞くところによると、「要検査」が出た場合は家に封筒が届くようですが、不幸だったのは家族全員が「それを受け取った記憶がない」ことです・・・。きちんと届いたかどうかも定かではありませんが、お役所ですからきちんと送り届けただろうと思います。

その後・・・。

  • 高血圧のかかりつけ医に「要検査」のことを指摘される・・・。
  • レントゲンを受けてみると、やはり肺に「影」がある・・・。
  • CTの結果、「ガンに間違いない」と言われる・・・。
  • 気管支ファイバーの予約をとる・・・。

気管支ファイバーの結果・・・。

気管支ファイバー(気管支内視鏡)検査の結果を下記に示します。


【コメント】
異形細胞が平面的集塊や球状の集塊で上皮結合して見られます。核は軽度の大小不同や核小体が目立ちますが、全体的に異形は弱い印象です。集塊の重積も見られ、検体がリンパ節であり、上皮結合した異型細胞が見られる事より悪性を考えられます。乳癌の転移の可能性はありますが、肺原発・転移性腫瘍の判定は細胞像だけでは難しく、セルブロック作製し、追加検討致します。

【セルブロック】
リンパ節のセルブロックに一層の異型上皮があり、このパターンは肺由来の腺癌の方が可能性の高いパターンですが、TTF-1とFR, PgRを追加して比較検討します。

【免疫染色後】
ER陽性で,PgR陰性,TTF-1陰性でしたので、乳腺由来である可能性のほうが高いと考えられます。

気管支内視鏡の結果


その後の度重なる検査・・・。

両肺に「影」があったことから、はじめは「肺原発の肺腺癌」を疑っていましたが、上記の気管支ファイバーの結果、乳がん由来の癌である可能性が濃厚となりました。

さらに、その他の可能性を潰す為、他に転移部位がないか調べる為にいくつもの検査を受けました。

  • マンモグラフィー・・・。
  • 腹部エコー検査・・・。
  • 胸部MRI検査・・・・。
  • PET検査・・・。

その結果、やはり乳がん由来のがん(=乳がんが原発)であることが分かりました。

転移している部分は、「両肺」「背骨」「右わき腹の部分(肋骨?)」「骨盤」「左大腿骨」です。(【追記】右の大腿骨にも転移があったようです)

骨転移がこれほど広がっているにも関わらず、今のところほとんど自覚症状がないのが不思議ですが、つまり「今のところ生活に支障はない」ということなので、本人は普通に暮らしています。

とは言え、やはり骨が脆くなるのは怖いので、それを防ぐ「ランマーク」という注射を4週間に1回打つことになりました。

乳がん由来のがんですから、乳がんに対する治療になります。
ホルモン剤を服用しながら、経過を観察することになりました。(2015年1月)

腫瘍マーカーの推移

只今、作成中・・・。

治療経過

年月 闘病記内容と、ちょっとした説明文 備考欄
2015年1月 母が乳がんステージⅣになりました
今のところ、ほとんど自覚症状はない様子・・。痩せてきていた。
CEA:41.31
シフラ(CK19フラグメント):4.14
ProGRP:59.0
2015年8月 母の意志を尊重しようと思います。
CT検査では若干腫瘍が小さくなり、崩れかかっている。
ただ、野菜ジュースの摂取やウォーキングなどは先月から一切やっていないので、今後どうなるかは不安・・・。
CEA:41.31
→ 25.8
CA-15-3(CLIA):95.7
→ 105.7
2015年11月 試練続き
腫瘍マーカーが急上昇したということで、急遽PET検査の追加となりました・・・。
CEA:25.8
→ 34.8
CA-15-3(CLIA):105.7
→ 208.5
2015年11月 微妙な検査結果
検査結果は6ヶ所ある腫瘍のうち5箇所が縮小傾向で1箇所が増大傾向でした。
「引き続き、経過を見てみる」との判断。
保険の関係で今回は血液検査はナシ
2015年12月 母のMRI検査結果と、その後の治療方針と、食事について思うこと
その後のMRI検査でも、右の大腿骨部分にある腫瘍の増大が確認できたので、薬の変更となる。
併せて、中部病院で放射線治療も行うことになる。
今回も血液検査はナシ
2016年5月 オピオイド鎮痛薬を使用することになりました
血液検査は異常なしだが、(おそらく)ヘルニアからくる痛みが悪化したので、医療用麻薬に切り替える。
今回も血液検査はナシ
2016年7月 オピオイド系鎮痛薬の副作用と日本とアメリカの考え方の違い
CT検査は前回と変わらないが、急激に衰弱し始める・・・。
おそらく、オピオイドの副作用と思われる。
介護サービスを申請
7月 栄養療法の可能性
ビタミンB群を飲ませたところ、体調が回復した。
様々な検査の結果、痛みは骨転移ではなくヘルニアであるとことが分かった。
血液検査はなし
10月 余裕のない生活に余裕を作る
久しぶりのCT検査だったが、肺にある腫瘍が増大していることが分かり、薬を変更して分子標的治療薬である「アフィニトール錠」と「アロマシン」に切り替えた。
血液検査あったが、結果は聞いていない
12月 口腔外科にて、抜歯してもらう
中部病院にて、グラグラして痛かった歯を抜歯してもらう。
ただ、顎骨壊死が怖い・・・。

特になし
2017年3月 先日、母は息を引き取りました。
朝起きたら、全く応答しなくなっていました・・・。主治医のいる病院へ救急搬送しましたが、
それからわずか二日後に息を引き取りました。

トップへ戻る