自分の消化能力に見合った生き方をする

数日前に沖縄に台風がやってきました。

毎年数個は上陸するので特段驚かないのですが、今回はちょっとした事件がありまして(汗)、台風の影響でエアコンの室外機のホースが詰まり、水が逆流して本体から水が漏れ出したんです(; ̄ー ̄A アセアセ・・・

エアコンつけて、部屋で大人しく本を読んでいたら、いきなり「ドバ~!!」と、まるでバケツをひっくり返したように水が出てきました。

本当に焦りました(苦笑) エアコンの真下にはコンセントがあり、パソコンがあり、AVアンプがあり…、いろんな家電製品がコンボで配置されていますから、「あぁ…、これは壊れたかもしれん・・・、」と、半ば諦めムードでしたが、まぁ何とか無事でした。 停電に備えてコンセントを予め抜いていたのが良かったかもしれませんね。

はじめは水漏れの原因が分からなくて、

「もう壊れたんかい!? まだ2~3年やぞ!? しかもこのエアコン15~16万くらいしたし・・・、」

と、腹立ってました(笑)

2~3年前、クーラーがぶっ壊れて買い換えようってなった時に、ちょうどエアコンの安売りのチラシがあって、それを見ると「数量限定で4万円台でエアコンが買えます!」みたいな売り文句が書かれていたので家電屋に飛んでいったのですが、

そこでかわいい店員さんに色々丸め込まれまして、なんだか知らないうちに15万円台のエアコンを買わされたのはいい思い出です(^^;

水浸しになった畳を拭きながら(私の涙も混ざっていたかも・・・)、「やっぱり女ってものは信用ならん! 色仕掛け使いやがって (;`皿´)」などとグチっていました(笑)

風が弱まり停電の心配がなくなった時点でPCをつけ、ネットでおすすめの修理屋さんを探していたのですが、そこでエアコンの水の逆流はよくあることだと知り、私でも直せそうな気がしました。

水漏れトラブル。トラブル対策。当サイトはルームエアコンに関する情報を分かりやすくまとめてお知らせします。

結局パイプの詰まりが原因だと分かって、同じやつを工務店で買ってきて交換したら、一発OKでした^^

高いエアコンでしたから簡単に壊れるわけありませんよね♪ あの可愛い女性店員を信じて良かったです(※ さっき愚痴ってた事はなかったことにします)。

で、ついでに部屋も掃除しました。 いらないものが結構多い事に気づき、「この際全部処分しちまおう」となりまして、民主党の事業仕分けじゃないですが、「滅多に使わなくても、これがないとかなり困るもの」以外、使わないものはほとんど処分することに決定しました。

で、昨日の昼過ぎには掃除は一通り終わりました。

そしてキレイになった部屋の中、モノが少なくなった部屋の中で仕事をすると、もう捗るのなんの!(*^▽^*)  「掃除してスッキリした」という気分的な効果以外のなにかを感じました。

一番感じた変化は「雑念が少なくなった」ことですかね。

モノを捨てたり、整理したり…、 シンプルにすることでそれらに気を使う必要がなくなって意識が一点に集中しやすくなるんでしょうね。

「物事をシンプルに考える事で、雑念がなくなる」ことは経験上知っていましたが、モノを捨てたり整理することによっても同様の効果を得られることに気づいて、少し勉強になりました。

で、ちょっとした感動を味わっていたその日の夜、私が毎週楽しみにしている番組「スーパープレゼンテーション」というやつがあるんですが、その時のテーマがまさに「私の為の番組ですか?」と突っ込みたくなるくらいピッタリなテーマでした(笑)

そのテーマが何かと言えば、「モノは少なく、幸せは大きく」です。 ね? まさに私がその日体験した出来事です(笑)

番組の内容ですが、主に3つの事を言っていました。

シンプルに暮らす為の3つの秘訣

これはプレゼンテーターのグレアム・ヒル氏が述べた「シンプルに暮らす為の3つの秘訣」です。

でも、「なんでシンプルに暮らさなきゃいけないの?」という疑問があるかと思いますが、その疑問に対してグレアムさんは「その方が環境にも優しいし、幸せだから」と述べていました。

「だから、シンプルにするとなんで幸せになれるのかが分からないのですが・・・、(´・ω・`)」という、さらなる疑問があるだろうと思います。

私も昨日までよく分かりませんでしたが、今なら分かります。

これはたぶん実際にやってみないと分からないかもしれません。

が、やってみるといっても中々出来るものではないですよね。

必要のあるもの、ないものって自分自身でもよく分からないものですし、捨てた後で後悔するかもしれませんし…、 だからグレアムさんは「容赦なく捨てやがれ!」と言っていたのだと思いますが(笑)

モノを捨てると幸せになれる理由は、雑念がなくなるからです。言い換えると、悩みがなくなるからです。

身内が亡くなった場合や恋人と別れた場合、あまりにも辛い事があった場合などに身辺を整理したり、引越ししたりするのも、たぶんそれで悩み事がなくなる、とは言えないまでも、多少は軽くなる効果があるからでしょう。

なので「幸せが増える」というよりも、「悩み事や雑念が少なくなる」「マイナス面が減る」というニュアンスの方が正しいでしょう。

何事も、「程々」がいい

もしかしたら、「自分の消化能力を超えてモノゴトを溜め込む」のが不幸の源泉かも知れません。

はい、絶対分かりにくいと思うので、ちゃんと例を挙げて解説させていただきます(汗)
ここで使っている「消化能力」とは、簡単に言ってしまうと「使いこなす能力」「使い切る能力」という意味合いで使っています。

健康の秘訣は、「未消化物」を最小限に抑えること

食物を消化することも、「食物の持っている栄養素を使い切る、または、使いこなす」ことですよね。

人は食べ物を食べて体の中できちんと消化することで、それらを血となり骨とします。 言い換えれば、食物をきちんと「使いこなしている」からこそ血や骨にうまく変換出来ているのであり、「使い切っている」からこそ未消化物が出来ず、それらが悪さをすることもないのです。

厳密に言えば、誰でも未消化物は出来ています。 問題はその「出来る量」であり、その量が多ければ多いほど病気になります。

自分の消化能力を超えて食べると、それだけ未消化物が増えることになります。

なので、「健康になる為の基礎の基礎はなにか?」と言えば、良質な睡眠でも良質な食事でも適度な運動でもなく、【腹八分】なんです。 昔の人の智慧はマジで凄いです。

体調が悪い人や病気がちな人は、もしかしたら腹六分、七分くらいにしたほうがいいかもしれませんが、あまり栄養素を控えるのも体力を失いますから注意が必要だと思います。
が、基本的には良質な栄養素を体に摂り入れることよりも、「自分がきちんと消化出来る量の(質の伴った)栄養素を体に摂り入れること」のほうが、よっぽど重要なのです。

どんなに高品質のサプリメントを体に摂取し続けても、例えば一ヶ月ウン万円もするようなアガ○クスのようなものを食べ続けていても、もしそれが自分の体の中でうまく消化出来ずに「未消化物」として体の中に溜め込んでいるならば、今度はその「未消化物」が腐敗化学変化を起こし、「毒」となって体に悪さをすることになります。

「未消化物を最小限に抑える」 これが健康の秘訣なのです。

良い人間関係を築くコツは、「未消化物」を出さないように、まずは絞ること

「人間関係」についても同じことが言えるのではないでしょうか?

例えば、「人間関係が一つ増えることは、モノゴトを一つ溜め込む事と同等である」というように考える事が出来ると思うのです。

そうすると、人によって「人間関係の消化能力」の大小があることが分かります。

「人間関係の消化能力」とは何か? 私になりに定義してみますと、「自分が尽くすことの出来る人の数」だと思います。

「何の為に人に尽くすのか?」ってのがポイントなんですが、損得勘定のみで人に尽くすのではなく、(多少はあってもいいけどね、人間だもの 笑)自分と相手との関係の中に(自分だけではなく、)ちゃんと相手のことも考えているってことが重要でしょう。

単に「影響力が大きい」というだけで「人間関係の消化能力が高い!」という風には、私は定義しませんでした。 そんな定義であれば麻原彰晃やそこら辺にいるアイドルや政治家も消化能力が高いことになるからです。

彼らには自分と相手との関係の中に「相手」はいません、「自分」のみです。

ですから、傍から見ると人から賞賛を浴びているように見えるけども、何かの拍子で一瞬で人が離れていくのです。

人は自分自身の「人間関係の消化能力」を過大評価し過ぎなのではないでしょうか? つまり、「たくさんの人の役に立つことが出来る!」と思っているのではないでしょうか?

もちろん努力すれば可能でしょうが、人一人を幸せに出来ずにいきなりハードルを数段階上げて「大勢の人と関係を持とう」とするもんだから、相手も自分も傷つけてしまうんじゃないか? と思うんです。 「未消化物」が溜まりまくりで腐敗を起こしている状態になるんです。

ちなみに私は友達は少ないほうだと思うんですが(笑)それはたぶん「人間関係の消化能力」が弱いから無理しないんでしょうね。

大勢の人と付き合おうとすると胃もたれしますねきっと(笑) 自分の時間を結構大切にするほうですし、まぁ最近は外によく遊びに行くようになりましたけども・・・、

ですので、自分が尽くせる範囲での人間関係を構築しているんですね。 不器用ですからいっぺんに複数の人のお役に立つことが出来ないのです。

そこを無理して人に尽くそうとすると、たぶん相手を苦しめることになるんですよね(´・ω・`) 

自分の能力以上にたくさんの人と関係を持とうとしたって、それがお互いの為にならなければ意味ないですよね。 それは「うまく関係を消化できていない」ということであり、「未消化物」であり、「しがらみ」を作ることにしかなりません。

「人脈が大事だ (`・ω・´)キリッ」と言う人に多いのですが、そういう人に限って自分と相手との関係の中に相手がいないのです。

人脈が大切なのは間違いないですが、同時に「私がその人のお役に立てることは何だろうか?」ということが明確になってないで人脈を広げようとすると評判を下げることになるので注意が必要だと思います。

「このブログもなるべく多くの人のお役に立てるように・・・」と思って記事を書いているのですが、あせらず、消化能力を向上させながら頑張りたいと思っております。

効率よく学ぶ秘訣は、「未消化物」を最小限に抑えること

「未消化物を最小限に抑えることが大事だ!」 という意味では学習も同じです。

突然ですが、皆さんは読書は好きですか?

私は好きと言えばまあまあ好きですが、今はそれほど冊数は読んでいません。

が、昔は相当読んでいました。 私も昔は、

  • 本を読めば勉強が出来るようになる  (`・ω・´)キリッ
  • 本を読めば教養が身につく  (`・ω・´)キリッ
  • 本を読めば地頭が良くなる  (`・ω・´)キリッ
  • 本を読めば情報リテラシー能力がつく  (`・ω・´)キリッ
  • 本を読めばグローバル時代を生き抜く力がつく  (`・ω・´)キリッ

などと本気で考えていたクチですので、あまり偉そうな事は言えないのですが(苦笑)、これは完全に間違いです。

よく「私は今まで本を1万冊読んできました」とか、「私は一ヶ月で100冊本を読むようにしています」とか恥ずかしげもなく言っちゃう頭の痛い人がいますが、本は読みゃーいいってもんではありません。

同じように、勉強や仕事は時間をかけりゃーいいってもんではありません。 そういう人に限って応用の利く学習が出来ていないし、仕事も時間内に終わらす気がなく(もしくは時間内に終わらすことを諦めている。 工夫次第で出来るかもしれないのに・・・)、始めから「残業ありき」で仕事をしてしまいます。

そういう人は「本を読めば読むほど情報に踊らされてしまう」と言う意味でバカになりますので、むしろ読まないほうがいいです。

それはつまり、「本の内容が未消化のままになっている」という事です。

知識が未消化のまま、なんとなく身についている状態なほど危ないものはありません。 特に現代のような情報が溢れかえって進化の早い時代では命取りになります(参考:これに関してちょっと関係しているかもしれない記事。いい内容ですのでオススメ

僕が尊敬する友人の言葉に「抽象化スキルは、経験の再利用性を高める」というものがあります。 この言葉だけで、この厳しい時代を生き残るのに必要なことの(...

「本の内容(ニュースや新聞の情報でもいい)が未消化になっている」 = 「誤読している」ということです。

これは「何も知らないこと」より事態が悪化しています。 さっきの例で言い方を変えて説明すると、「未消化物」が腐敗を起こして悪さをしているようなもんです。

誤った読解(理解)は、必然的に誤った判断と誤った行動を導きます。

例えば、「ガンの原因は真菌である」という間違った理解をしていたら、その土台にのった治療法は全て誤りでしょう。

だから、「何を知っているか?」は非常に大事。 それを元に全ての判断、行動がなされるのですから、根っこの部分(=主義・主張の元となる知識)を確かなものにしないといけないのです。

天才は消化能力が半端ないですから、一ヶ月に100冊ほどの本を読んでも「未消化物(=誤読)」を残すことはないでしょう。

でも、私のような凡人は消化能力が足りないですから(苦笑)、消化能力に見合った勉強量をする事を心掛けるべきなのです。 どんなに消化スピードが遅かろうが、「未消化物」を出すことに比べれば、全然許容できるものです。

大切な事は、(何度も言いますが)丈夫な根っこを作ることです。

ここをきちんと作りこまないと、「その上に乗っかるもの」も全て脆弱性のある建物ばっかりになってしまいます。

でも、これを読んで下さっている人の中には、

「でもそれじゃあ、塾の授業のスピードについていけないよ~、 (´;ω;`)」

とか、

「本を一冊読むのに一週間かかっちゃうよ~、 (´;ω;`)」

とか、

「同僚においていかれちゃうよ~、いつまでも平社員のままだよ~  (´;ω;`)」

みたいな不安がある方も多いと思いますが、それは大丈夫です。 今だけなんで、

ここが「食べ物の消化能力」と違うところなんですが、正しい学習法が身につくと、つまりしっかりした根っこを作りあげてしまうと、「情報の消化能力」が格段にアップし、消化スピードも「未消化物」を残さずに高めることが出来ます。

だから、はじめは本を読むのも遅いかもしれません。

人よりも仕事を終わらすのも遅いかもしれません。

様々な面で人についていけなくて遅れをとるかもしれません。

でも、そこであせらずに、しっかりと時間をかけて根っこを作りあげていけば、いつの間にか周りをぶっちぎってますので大丈夫です(ガンの治療や体質改善も似たようなもんです)。

それが実感出来るようになれば、速読している人が哀れに見えるだろうと思います。

だって速読する目的っておそらく「本を通常より速く読むこと」ですよね? それが1番の目的になっていて、理解度は2番、3番になっている、少なくとも私にはそう思えます。

とするとですよ? 「未消化物」がバリバリ残っているわけですよ(苦笑) 一冊あたりの誤読が半端ないんですよ・・・。

私は誤読するくらいなら「何も知らないほうがまし」と、上のほうに書きました。 だから読めば読むほど事態は悪化していきます。 速読なので悪化するスピードも半端なく速いのです(汗)

確かに1時間で10冊くらい読めるようになるのかもしれません。 そのような人は「1時間で本10冊分の知識を得た」ことになります。

でも私としては、数時間かけて「未消化物」を残さずに1冊を読めるようになりたいです。

何故ならそのような人は「良質な本を1冊読むことで、100冊分の知識を得ることに匹敵するような質の高い学習が出来ている」からです。

本当の意味で知識が血となり骨となり肉となっているから、あらゆる分野で応用が可能なのです。

しかも「どっちが楽なのか?」「効率的なのか?」を考えたら一目瞭然でしょう。

百冊の本を読むのと一冊の本を読むのって、どっちが楽ですか?

前者は百の知識があり、後者は一の知識があります。

一見すると百の知識があるほうが人生を豊かに出来そうですが、これも「モノをもち過ぎで雑念が一杯な人」と同じで、どこにモノを保管しているのか忘れてしまっているので、それを探し出して引っ張り出すのに結構苦労します(苦笑) つまり、たくさん知識を詰め込んだとしてもそれを引っ張り出す(想起する)ことが出来ないと意味がないのです。

それよりは、「一つの知識から百の派生した新たな智慧や知識を生み出せる」ようになった方が楽だと思いませんか?

「百を聞いて100を知る」よりも、「一を聞いて、10~100を捻り出す」方が楽だし、時間もかからないし、クールだと私は思います。

もっと言っちゃうとですね、「これは読んでおいた方がいい」と思える本は、私が知る限りほとんどありません。

これは「良質な本がない」と言う意味ではなく、ほとんど昔出た本に書いてあるか、誰かから聞いたようなことばっかりだからです。

復習する為に本を読むわけじゃない、新しい知識や知見を得る為に読むんですから、時間の無駄なんで読む必要はないんですよ(目的が娯楽の為であれば読んでも構いませんが)。

ビジネス書や自己啓発本、ダイエット本や健康本を読むくらいだったら、良質な哲学書を一冊読むことをオススメします。

どうせお金と時間をかけて何かを学ぶんだったら優秀な人から学んだほうがいいです。

優秀な頭脳を持っている人が、己の人生の全てを賭けて、120%の力を使って搾り出した知識・智慧の集大成のような本を読むのと、そこそこの頭脳を持った人が空いた時間にそれなりの空気を読んで(つまり、本音じゃない場合がある)、適当に書いたものとでは、意味が全く違うんです。

情報の密度が違うんです。 私なんかカントの純粋理性批判やニーチェのツァラトゥストラを読んだ時って、2行読んで意味の深遠を探るのに2~3時間かけました。 それでも全然分かっていないです(苦笑)

私は大腸がん患者ですから、食事療法を勉強するのにゲルソン療法の原著を選びました。 これは医師向けに書かれた本なので非常に難解ですが、この本はおそらく全ての食事療法の原典に当たるようなものですからこれを学ぶ必要があったのです。

もちろん内容的にはやや時代遅れな部分もあるし、後の医学的な発見により間違っている部分もあります。 が、

  • ゲルソン療法を生み出したゲルソン氏はどういう思想を持っていたのか?
  • 「食事で病気を治す」という発想は、健康や病気の状態をどういう風に捉えているのか? 現代医学の捉え方はどうか?
  • ガンという病気をどのように捉えているのか?

こういうことがおぼろげながら分かってきて、「ガン治療の歴史」を俯瞰して見ることが出来るのです。

そういうことが出来るとですね、今後どんなアプローチをもった治療法や薬が出てくるのか? 三大療法的なアプローチは正しい方向性を向いているのか? が、なんとなーく分かってくるのです。

このような密度の濃い書籍って、具体的に現実に即した形で活かせそうには思えないかもしれませんが、そんなことはありません。

確かに情報の密度が半端ないですが(汗)それを解凍する力さえ身につければ、その一冊を読めば「全て事足りる」ことが実感として分かると思うのです。

マックス・ゲルソン氏の書いた「ガン食事療法全書」を読めば、ガンのみならずあらゆる慢性疾患の原因や治し方が分かります。

でも、言っておきますが、そういうことがこの本に直接的にも具体的にも書かれているわけではありませんよ? ただ、この本で語られている「根源的なもの」を正確に読み解けば、

  • じゃあリウマチにはこういうアプローチをとればいいよね
  • インフルエンザにはこういうアプローチをとればいいよね
  • そもそも慢性病に罹らないようにする為には、こういうことを考え、こういう風に暮らせばいいよね

というように、あらゆる慢性疾患に応用可能な横断的な智慧が得られるのです。

そういう書籍の選び方・読み方を心掛けたほうが良いのではないでしょうか?

哲学書も同じです。

現代社会で起こっている様々な問題がありますよね。 インターネットの炎上の問題とか、金融危機の問題とか、いじめの問題とか、領土問題とか、自然災害の問題とか・・・、いろんな社会問題が世界中あちらこちらで起こっているわけだけど、よ~~~~く考えて見ると、そんなことは昔にも起こっているわけで、そのことを既に誰かがしゃべったり本に書いたりしているわけです。

「その時、歴史が動いた」じゃないですが(笑) そのような問題が起こった時、昔の人はどう対応したのか? このような問題が起こった根本の原因は何か? その後、どういう時代が訪れたのか? が物語のように分かるのです。

「え? インターネットって大昔はなかったじゃん (´・ω・`)」

って突っ込みがありそうですが(汗) 通信技術の進歩の一つと考えればどうでしょうか? たとえばグーテンベルグ印刷機というものが発明されて、本が大量生産されるようになった途端、「魔女狩り」が起きましたよね。 ネット上のいじめや炎上、ツイッターによるデマの拡散等々、私は「魔女狩り」と非常に似ていると思いますがどうでしょうか?

別に社会的な事象だけではなく、ビジネスの戦略的な話や、人間関係の話、恋愛論や道徳論なども、全部哲学書に書いてあります。

ビジネス的な話で言えば、ブルーオーシャン戦略や、ランチェスター戦略、最近興味のあるプラットフォーム戦略などがあります。 人間関係的な話で言えば、最近は主にコミュニケーションスキル関連の書籍が目立つような気がしますね、恋愛論もそこに含まれるかもしれません。

でもそれらって、ほとんどが昔の人が言ったこと、考えたことの派生系でしかないのです。 「こうなりますよ」と、哲学書に書いてあるのです。

「未来を見通す、世の中の流れを俯瞰出来る力をつける」という意味で、先見の明を持った彼らの智慧や洞察力を得る為に、一冊でいいから哲学書を読んだほうが、全然効率がいいのです。 これが「一を聞いて、10~100を捻り出す」ということです。

自分の消化能力に見合った学習をし、「未消化物」を残さず、しっかりとした根っこを作り上げるような学習をすれば、上記のような応用の利く質の高い学習が出来るようになります。

私はそのような学習を心掛けています。

私がこの記事の着想を得たのは、「部屋を掃除して感じたこと」と「テレビ番組を見たこと」この2つからです。 この2つを見て感じ取った時に、色々な発想が出てくるわけです。

「仏教で言う【足ることを知る】って普遍的な智慧なんだなぁ」と思えることが出来たり、「腹八分って、なにもご飯を食べる量の問題だとか、健康の秘訣だとか、それだけの話じゃないんだなぁ」とか、色々考えているうちに色んな「疑問」やそれに対する「答え」が浮かんでくるわけです。 つまり、アウトプットの質と量が違ってくるんです。

自分の消化能力を正しく把握出来ていますか?

私がこの2つの出来事で一つ新しい発見をしました。 それは、なんで昔の偉い人達は「何事もほどほどに~」とか「足ることを知りなさい」と常々言って来たのか?に対する答えです。

間違っているかもしれませんが、私が思うに【人は自分の消化能力を過大評価しがちである】からです。

自分の処理能力を超えてモノゴトを溜め込んでばかりいるから、それがいつしか腐敗し、雑念や不安という「毒」を生み出し、自分自身を傷つけるのではないか? と思うのです。

食べ物でも勉強でもそうですが、それを一旦摂り入れたら、意識して人にしゃべるなり、共有するなり、ブログに書くなりして外に出さなければなりません。 排出しなければ今度はそれらが腐敗して「害」を与える存在に変化します。

  • 食べたらそれを速やかに排出する
  • 勉強したら速やかにそれを人に話してみる

吸収 → 排出、 吸収 → 排出、 以下無限ループ・・・、

この流れを止めないことが「生きる」事なんじゃないか? と私は思います。

その無限ループの過程で、いかに「未消化物」を最小限に止めるか? が、【幸せに生きる秘訣】なんじゃないかと思います。

皆さんはどう思いますか?

【まとめ】「足ることを知る」「質素に生きるほうが幸せ」の本当の意味

この2つの言葉を聞くと、すぐ早とちりして、

「贅沢しちゃいけないんですね。 高いもの買っちゃいけないんですね。」

「無駄遣いせず、貯金したほうがいいですよね」

このような結論にたどり着く人が多いと思います。

実際に日本人の多くがそう思っていると思うんですよ。 それが教育上、道徳上「善し」とされていますからね。だから日本は20年以上もデフレに陥っているんだろうと思うんです。

なんで日本がそんな病気になっているかというと、「お金を溜め込んでいる」からです。 かなりの便秘気味なんです(笑)

テレビや新聞を見てると、日本は全然お金がなさそうに見えますが、あるんですよ。 ただお金の流れが滞っていて、ものすごい便秘の状態なんですよ。 とにかく下剤でもなんでも飲んで排出させないといけません。

「足ることを知る」とか「質素に生きるほうが幸せ」という言葉は、自分の消化能力を大幅に超えた物欲の塊のアメリカのような国に対して言うべき方便であり、日本にではありません。

この2つの言葉の本質は、

自分の消化能力に見合った生き方をしなさい。

ということだと思うんです。

今の日本がね、「質素に生きる」ことを言葉通りに実践してしまうと、体に溜まっているあり余る老廃物が腐敗し、内側から腐っていってしまいます。

お金という血液を、体中ぐるんぐるん循環させないといけません(問題なのは、お金を持っている人達がお金を使わないことですね。 若者はそもそもお金持ってないんで・・・、)。

ガンの治療も同じです。 私は今の日本の状態と体がガンに冒されている状態ってほんと似てるなぁ~と思っています。

つまり日本中が「お金の流れが滞っている状態」と同じで、ガンに冒されている体は栄養代謝不全が起きています。

今回の記事の内容に沿って言い換えてみると、

ガンに冒されてしまう本当の原因

「ガンに冒されてしまう人」というのは、呼吸をするように…、食べ物を食べるように…、本を読むように…、つまり、普通の人と同じように体の中にいろんなものを取り入れるんですが、「自分の消化能力を超えた量」を取り入れようとしてしまうが故に「未消化物」が出来てしまう・・・、

それが腐敗し、体を継続的に傷つけた結果、ガンになってしまったんじゃないか? と私は思うんです。

ストレスを溜めるとガンを誘発すると言われていますが、ストレスを「自分に起こった出来事をうまく消化出来ず、そのままになってしまっている未消化物」と考えれば説明がつくと思いませんか?

体の中に取り入れてばかりでそれを排出しなければ、いつかそれが腐って体を傷つけるでしょう。

「吸収」と「排出」のバランスが大事なんです。 そしてそのバランスは個人個人によって、国によってそれぞれであり、それぞれが持つ「消化力」によって決まります。

大切なのは「そのバランスを把握すること」です。
「消化力」を超えた過剰な吸収を行うと、個人レベルで言えばガンや生活習慣病に罹って健康を損なうことになり、国家レベルで言えばデフレの状態です。 誰もモノを買わず、モノがあり余っている状態であり、「未消化物」がたくさん出来ます。 地球規模のレベルで言えば環境破壊につながります。

「消化能力」を極端に下回る吸収でもダメです。 個人レベルで言えば、いわば「極端なダイエット」のようなもので、栄養失調につながってやはり健康を害しますし、国家レベルで言えば、インフレの状態でしょうね。 慢性的な物不足の状態で物価が物凄い高い状態です。 地球規模で言うと動物が住めるような環境は保てるかもしれませんが、森ばっかり、草は生え放題、凶暴な動物が我が者顔でそこらへんをのさばり、地震や津波がきたら一夜にして全滅してしまうような古びたインフラで「昔に逆戻りのような世界」、違う意味で人間の住みにくい世界になってしまいます(苦笑)

普通東日本大震災のような大災害が起こるとインフレが起きて物不足が起こるのですが、そんなことは起きませんでした。

つまりそれだけ日本という国には「余裕がある」んです。 今こそ、その「余裕」を使って再整備を行うべきだと思うのですが、「政府の無駄遣いが~ (`・ω・´)キリッ」とか意味の分からないことを言って、復興事業がまともに進んでいませんが、きっと人の命よりムダ使いを防ぐことが大事なんでしょう・・・、凄い話ですがね。。

使われていないお金(=未消化物)はどんどん無駄にでも過剰にでも使ったほうがいいです。

持っているだけでは意味ないからね。 むしろ「円高の今使わないで、一体いつ使うんだ!?」って話ですよ、

限りなく可能性はゼロに近いですが、もしかしたらハイパーインフレでも起こって日本円が紙切れになるとも限らないし…、

どれもこれも問題の根本は一緒で、吸収と排泄のバランスが取れていないことです。 「バランスをとることが大事だ」ということが分かっていない、もしくは「バランスの調整方法」が分からない、ということもあるかもしれません。

はじめの一歩は「自分の消化能力を正確に知ること」です。 日々の生活の中で、これを意識するだけでもだいぶ違うと思います。

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私が目指しているもの

コメント

  1. リス より:

    友人から断食を勧められ、強制的に本を2冊貸してくれたので読み始めたのですが、その中で人参・リンゴジュースを飲むよう書いてあったので、ジューサーを買ってみようかと検索するうちにこちらに辿り着きました。まだ全部の記事を読めてはいないのですが、大変興味深い内容なので参考にさせていただこうと思います。闘病記の中で、腸閉塞と下痢&便秘の治し方の項目があったので、今自分が克服しなければいけないのはこれだと導かれた思いがしました。私は数年前に、仕事帰りの最終電車を待つ駅のホームで電車を待っている間に、突然強烈な腹痛に襲われ気を失い、その後嘔吐と激痛で悶絶して救急搬送されました。原因は、腸閉塞寸前まで溜まりに溜まった便秘によるものでした。下剤を投与され、それでも出ず、最終的には看護師さんに掻き出してもらうという恥も外聞もない状態で出してもらい、その後10日間全く起き上がれないほど寝込みました。体も辛かったですが、精神的にもかなり凹みました。こんなになるまで全く自覚がなかったことにも、とても恐ろしくなりました。元々腸が弱いらしく、小さな頃から原因不明の下腹部の激痛に悩まされ続けてきましたが、小学校高学年で虫垂炎を起こし、破裂寸前でこの時も救急搬送されました。その後は比較的穏やかに過ごせるようになったものの、便秘と下痢を繰り返す、ということはよくあることでした。そして、食べ過ぎた時にあの恐ろしい痛みがやってくる確率が高い、ということにも薄々気がつき始めましたが、人と比べてそんなに食べる量が多いわけでもなく(むしろ全体的には少ないかも)、下痢をするとたちまち治ったりして、たまのことなのですぐ忘れてしまいがちに・・先日、ちょっと硬便気味だな〜と思っていた矢先、食事の量は減らしていたつもりでしたが、それでも出てなかった分が既に容量オーバーだったようで、久々に破格の激痛がきまして、しまいに嘔吐までしたのですが、一人暮らしで助けも呼べず、このまま動けないと救急車も呼べないがどうしたら・・と恐怖にかられました。幸い、吐いた後は何とか動けるようになり、一晩寝たら治っていましたが、私は死ぬことよりもこの痛みに襲われる方が数倍恐ろしいのに、生きている間ずっとこの恐怖を背負っていかなきゃならないのか・・と暗澹たる思いになりました。そんな折、友人が勧めてくれたのが断食、というか少食のススメだったのですが、結局、自分の消化能力以上の物を入れるから不幸がやってくるのだけれどその量を把握できてない、と案外単純なことなのかもしれない・・今後一生あの痛みから逃れられるなら、断食だってやってみようか、と思い始めたところでした。物言わぬ自らの臓器に、お願いだから絶叫する前にどうしたらいいのか教えてくれと願わずにはいられません。長々と自分の事ばかり語ってしまいましたが、こちらには気になる文章や言葉が度々出てくるようなので、参考&実践に活かしていきたいと思いコメントさせていただきました。金魚運動もやってみます。記事を書いて下さりありがとうございます。

    • 新里(管理人) より:

      リス様、コメントありがとうございます。

      記事が参考になっているようで、嬉しいです。

      文章を拝見させて頂きました。
      腸閉塞で苦しんでおられる方は結構いらっしゃいますよね・・・。

      私も闘病初期の頃に腸閉塞気味になったことがあり、
      強烈な腹痛に悶え苦しんだことがあります。

      リス様や、開腹手術をした私のような人間は、
      健常者と比べて「腸の内容物」が上手く通過してくれない体質に
      なっちゃっていると思いますので、それはもう日々の生活習慣でカバーしたり、
      「自分の消化能力を知る」ことでトラブルを未然に防ぐ方法が適切だと思います。

      腸閉塞(イレウス)の予防法

      腸閉塞(イレウス)を未然に防ぐ方法としては上記で解説したとおりですが、
      実体験から申しますと、「間食をしない」「水をこまめに飲む」ようにすると、
      お腹の動きが良くなりますね。「100回咀嚼する」のも効きます。

      あと、座りっぱなしの時間が長いのは一番ダメですね・・・。
      私もデスクワークなので、長時間座る生活スタイルとなってしまってますが、
      適度に立って軽く体を動かすくらいでもかなり変わると思いますので実践しています。

      腸閉塞が癖になっている人は、何回も再発してしまうと聞きます。
      しかし、「自分の消化能力を知る = 自分を知る」ことで、ある程度は
      防げる部分はあると私は思っています。

      私は、1日の体調の変動をスマホに入っているエバーノートに記録しているので、
      「何をやると体調が崩れ、何をやると体調が良くなり、身体がリズムに乗れるのか?」
      が大体分かるようになりました。

      そのような記録を2年もやっていれば、仮に風邪を引いたとしても
      こじらせることはなくなります。

      殆どの方が過去や未来に意識を向けすぎていて、「今、ここ」に意識を向けないので、自分の体の状態を認識出来なくなっています。だから病気になるのです。

      たまにでいいので、「自分の身体や内面に意識を向けてあげる」ようにすれば、
      未然に防げることがだいぶあるんじゃないかなあと思っています。

      参考になれば、幸いです。

      新里

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