崖っぷちからの誓い

どうも、久しぶりの更新です。
ここ1~2ヶ月はあまりにも忙しくて、気がついたら2015年になってしまっていたという感じです・・・。(^^;

やっと少し落ち着きましたので、私たち家族の現在の状況を簡単に述べたいと思います。
詳しいことは、闘病記のほうで追々書いていきたいと思います。

母のこと

まず母のことですが、前回の記事にも書いたとおりガンが発覚してしまいまして、11月の下旬くらいから検査、検査の連続でした・・・。週に1、2回は病院に行っていたと思います。

詳しくは「母の闘病記カテゴリー」を新たに作って述べていこうと思ってますが、肺にあった腫瘍は、右乳房に「あった」乳がんからの転移の可能性が非常に高いということらしいです。

「あった」と書いたのは、母は25年以上前に、乳がんで右乳房を全摘出しているんです。
それで完全に治ったと思っていたのだけれども、どうやら取りきれなかったようでして、それが長い年月をかけて増殖してきたようです・・・。

転移ガンの性質は、元々あったガン(原発のガン)の性質と一緒らしいので、現在は乳がんに対する治療法を行っています。

様々な検査の結果、乳がんからの転移はどうやら肺だけではなく、あちこちの骨にも転移しているようで、骨が弱くならないように「ランマーク」という注射を4週間に1回打つことになりました。またこれが結構高いです・・・。

母の場合、がんに対する自覚症状は特になく、治療も既に1ヶ月が経過していますが、見たところ普段と変わりなく、特に副作用も感じてないらしくて少し安心しました。とりあえずは「治療継続で経過を見る」ことになりそうです。

母は今すぐどうこうなる状況ではないのですが、問題は父のほうです。
容態が急に、急激に悪化しました・・・。

父のこと

たしか父の闘病記では、リュープリン注射を受けるところまで書いたと思うのですが、注射後1週間経ったくらいから眩暈をし始め、外出も出来なくなりました。

このような副作用があることは医薬品添付文書にも記載されていましたので、一応覚悟の上でした。

大好きなゴルフが出来なくなるので、出来れば飲み薬で闘病生活を送りたかったのですが、早々に飲み薬(ビカルタミドなど)が効かなくなり、リュープリン注射に切り替えざるを得ませんでした・・・。

で、案の定強い更年期障害みたいな症状が出てきたのですが、それ以上にひどかったのが、「骨の疼痛が悪化したこと」です。

元から骨への転移がありましたので、ある程度の疼痛はありました。
ただ、その痛みは右側の腰の辺りと右足の大腿骨部分に限定されていましたし、ウォーキングやゴルフが出来る程度の痛みだったのですが、リュープリン注射を打ってからは(父が言うには)痛みが全身に発生し、なおかつ「痛みの程度」が数倍に跳ね上がったそうです・・・。

痛みで全く眠れず、トイレも自力で行けず、今は多少回復したのですが、一時は寝たきりになりました。

父のあまりの変わりぶりに、私も母も「もう長くない」ことを覚悟しました。
父が寝たきり状態になったときは、私も母もいきなり介護しなければならない状況に陥りましたので、右往左往して疲弊しきっていました。

今は自分でトイレもお風呂も入れるようになりましたからいいのですが、今後また状況が悪化するとなると、闘病中の母に負担がかかってしまうので、市役所にて介護サービスを申請中です。

主治医からは「治療法はもうない」と言われました。
なので、ホスピスか自宅療養のどちらがいいのか迷いましたが、ホスピスは自宅からも病院からも遠いですし、母も自分の診察があるものですから余計に負担が掛かります。そしてなによりお金がかかるのでホスピスは諦め、痛み止めを飲みながらの自宅療養になっています。

「みんな似たような経験をしている」という異常さ・・・。

かなり端折っていますが、現在の家族の状況はこんなところです。
まさに崖っぷちですが、それでもやっていくしかありません。

はじめは辛かったのですが、母の検査の付き添いで待合室にいるとき、同じ診察を受けている人と世間話をしたんですね。

いろんな方とお話をさせて頂いたのですが、話を聞いてみると「結構みんな似たような経験をしているんだな」と思いました。私だけが特別大変なわけじゃないんだと分かりました。


私の隣近所の方は、私の両親と同じ年代の高齢者で二人暮らしです。
娘がいるのですが、幼い頃に高熱を出して脳がやられてしまい、重度の障害を持っています。その娘さんも少し前に施設に入ったまま、これ以降顔を見せません。

旦那さんの方も最近ボケが進んできて、脳の専門病院に入院しているようです。
いつも日向ぼっこをしに外へ出てくるのですが、「最近顔を見せなくなったな・・・。」と思っていたら、奥さんが言うには、どうやらそういうことらしいです。

その奥さんも腰が相当曲がっていて、買い物に行くのが辛そうです・・・。
大きな家に一人で住んでいるのですが、やかんがピーピーなっているのにいつまで経っても音が消えないんですね。

腰が曲がっているものですから、キッチンに辿り着くまでに時間がかかるんだと思います。
私はやかんの音が聞こえてくるたびにハラハラします・・・。

障害を持っている娘さん以外にも二人の子供(長男と次女)がいるのですが、二人とも家庭を持っている身であり、忙しくてなかなか実家に帰れないようです・・・。

それでも次女の方は週に一回くらいは実家に戻って来て、腰が曲がって買出しが難しい母親のために、おそらく食料品や消耗品などを届けにきているように思います。

私は家庭を持っていないので、その「大変さ」はよく分からないのですが、自分らと親の両方の家庭をみなければならないというのは、しかも両親や兄妹の体調が思わしくない場合は、その苛酷さを想像してみようという気にすらなりません。


私の親戚には、旦那さんが16年前に脳卒中で倒れ、16年間の闘病生活の末、去年亡くなった家族がいます。

16年間です・・・。
奥さんは旦那さんを16年間しっかりと支え、3人の娘を全員大学へ行かせました。長女は海外へとび、海外青年協力隊として頑張っていると思います。

私は辛くなったとき、この奥さんのことを思い出して何度も立ち直ってきました。
この奥さんに負けないように、私もしっかりと家族を支えていきたいと思います。


私には、姉をくも膜下出血で亡くした友人がいます。
くも膜下出血というのは「突然きます」から、大切な最後の時間をゆっくり共有することも、話すことも、死に際に立ち会うことも出来ません。

残された家族にとってあまりにも突然の出来事ですから、非常に辛いと思います。
それに比べれば、ゆっくり時間を共有することが出来る私は、だいぶマシだと思います。


私一人が癌患者だった時は気づかなかったのですが、病院では私と同じように両親に付き添っている若い人が多いです。

平日の昼間から、若い人が病院にいるんですね。
しかも親のあの様子を見ると、ほとんど目が離せないのではないかと思います。

おそらく、親の介護の為に仕事を辞めざるを得なくなった若い人も多いはずです。
そうなるとお金がなくなり、余計医療費が重くのしかかります。

雇用問題と社会保障問題は連動してますね。
病院に来るといつも思うのですが、「なにか間違っている」と思います。

色々なことに思いを馳せると、私だけが特別な状況ではないことはよく分かったのですが、

「みんな似たような経験をしている」という状況に、違和感を感じなければならない

と思っています。
これ、一体どれだけの人がそう感じているのでしょうか?

  • 皆、似たような経験をしているから「普通」なのでしょうか?
  • 日本は超高齢社会だから「仕方ない」のでしょうか?

めまぐるしい日々を送りながら、つかの間の休憩をしているとき、ふと「10年後の日本はどうなっているんだろう?」と考えることが多くなりました。

若者と高齢者の比率が1対1になったとき、日本の社会保障システムは維持出来ないと思います。消費税を50%に上げても無理ですし(そもそも上げられない 汗)、移民を大量に受け入れ、国籍を与えるなどして彼らに養ってもらおうと思っても無理です。

そもそも、若者から税金を根こそぎ掠め取っていくような国に、彼らが魅力を感じてくれるとは思えないです。彼らもバカではありませんから、長期的な視点で「どこの国・企業に出稼ぎにいったらいいのか?」をよくよく見定めています。(参考:アジア労働者争奪戦 - クローズアップ現代

「医療費全額負担の時代」が、まもなくやってくると思います。
消費者庁による食品機能表示制度の規制緩和の検討も、おそらくその流れです。

1割負担や3割負担で「薬や手術をすればOK! (^ー^)」と安易に考えていた国民が、医療費全額負担の時代に突入した時、どうやって自分自身の健康を維持するのでしょうか?

抗がん剤が効くか効かないかという議論が活発なようですが、(抗がん剤を含む)三大療法が金持ちしか受けられない時代がそろそろやってきますから、あまり意味のある議論だとは思いません。一部の人達「だけ」を救う医学に価値があるとは思えませんし・・・。

今後の方針について

生活習慣を見直すことで、病気にならないように日頃から準備をしておく・・・。

もうこれくらいしか方法がないんじゃないかと思います。

しかし、このような準備が出来る人は、そもそも社会的に恵まれている人でなければ難しいですし、生活スタイル的にも「そんな準備が出来るなら苦労しねーよ!」という感じの人が多いのが現実だと思います。私もその現実を噛みしめている一人ですし・・・。

ですから、そのような「現実」と向き合いながら、どうにかこうにか病気を克服していくモデルケースを、このブログで示していければと思っています。これが「このブログの今後の方針」です。

なかなか状況は厳しいですが、「このブログが希望です」と仰ってくれる方も少なからずいらっしゃいますから、その方たちの為にも、私達家族はガンに立ち向かっていきたいと思います。

いや、正直に言いますと、母はともかく父はもう病気と闘うという段階ではないので、食事療法のような負担のかかるものは行わず、残りの人生をゆっくり過ごして頂きたいと思っています。

父とも今後のことを、膝を突き合わせてじっくりと話し合ったのですが、私と似て闘争心が旺盛なようで、病気とガチンコで闘っていきたいという気持ちのようです。

父がその気なら私も全力でサポートするつもりですが、「気持ちに行動が伴ってない」ようでして、野菜ジュースを作っても飲んでくれないんですね。(^^;

  • どのようにすれば、父は食事療法を継続できるのか?
  • しかし、「結果」を出すには必然と厳しい食事療法になってしまう・・・。
  • いや、やはりもう好きなようにさせたほうがいいのではないか?
    (「闘う!」と言っても本人実行できていないし・・・。)

このように試行錯誤していますが、父の様子を見ながら決めていきたいと思います。
母については、食事療法をきちんと行ってくれています。

今後、私たち家族がどのようになっていくのか分かりませんが、「やれることは、何でもやっていきたい」と思います。今後とも、よろしくお願いします。


今年の抱負

今年の初詣は、状況が状況なので「目が離せないから」と思って諦めていたのですが、父が体調を取り戻したので、隙を見て1月3日に行ってきました。願いごとはこうです。

手出しは一切ご無用です。家族の力で乗り切っていきます・・・。

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私が目指しているもの

コメント

  1. 四つ葉 より:

    初めまして。私も家族をガンで亡くしてから、様々な葛藤の中で真の健康とは?を模索しています。
    家族をガンで失って、ガン家系ではと不安も押し寄せる日もあります。
    私は遺族ですが、患者会も数件知っていて参加しています。良かったら、メールアドレスにご連絡頂けませんか?

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