密かに期待していること

私は密かに期待していることがあります。
もしこの整骨院に通うことによって、母が「生活習慣を改善することの大切さ」を実感することが出来れば、きっと食事療法も再開してくれるんじゃないかと思うんです。

今の母は、腰の痛みがあればすぐに薬に頼ろうとします。
1日に3錠飲むところを、4錠飲んでいます。
4錠飲むのはギリギリOKらしいのですが、薬局の方も「あまり飲み過ぎると腎臓に負担がかかるので、出来るだけ3錠にして下さい」と仰ってるんです。

痛みを我慢するのは良くありません。しかし、腎臓を傷つける可能性があるのであれば、「別な手段」で痛みをとらなければいけません。薬を使うことが悪いわけではないのですが、あのプロ野球選手みたいに「依存」してはいけないと思います。

「依存」してたら、自分の人生を主体的に生きることにはなりません。
自分の人生を主体的に生きないことには、ガンやヘルニアを治す以前に「幸せ」にはなれないと思います。「どう生きるか」「どう死ぬか」の問題です。

(母が)ヘルニアになってしまったことを、ある意味でチャンスと捉え、それを踏み台にしてがん治療にも意欲を持ってもらい、「積極的な人生」を生きてもらえたらいいなと思っています。

なんか、もうそろそろ死ぬみたいな書き方ですが(笑)、
まだそんな状況ではないです。

そんな状況ではないのですが、「なんとなく生きている人」というのは「生きながらに死んでいる」と思いますし、遅かれ遠かれ、現実がその生き方(在り方)に追いついてくると思います。

逆もまた然りです。肉体は既に死にそうだけれども、精神が健全であれば、やがて肉体が精神に追いついてくると私は信じてます。

人生で成功した人、逆境を跳ね返した人、難病を患いながらも奇跡的な回復を成し遂げた人というのは、ほぼ例外なく精神(心)が健全であり、自分の可能性を信じて疑いません。

特に根拠はないんです。根拠はないんですが、
「自分の病気はきっと治る!」ってことを、全く疑っていない・・・。

そういう「愛すべき勘違いヤロー」と言いますかね(笑)。
そのような人が「とてつもない結果」を残していくんじゃないかと思っています。

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