退院の日とステージの告知

退院を迎え、病院をあとにする

やっと退院の日が訪れました。

待ちに待った日ですが、訪れてしまうと少し寂しい感じがしました。

一生懸命看病してくれた看護師の皆さん、主治医のO先生、担当医のT先生、本当にお世話になりました。みなさん本当に身を削って看病してくれました。

入院中、もっと重篤な症状に冒されている患者さんへの看護をよく観察していましたが、本当に頭が下がる思いです。私だったらとっくにキレてますね(笑)

私の両親は私より元気で当分はくたばりそうにないのですが、いずれ看護が必要な時がやってくると思います。まだ親孝行をしていないので、親が元気なうちに早くしなきゃなって思ってましたが、まさか親より早くガタが来るとは思いませんでした。

ただ、入院中いろんな方にお世話になり、少しずつ回復していく私のことを、私と同じくらい喜んでくれる先生方や両親を横目に見て、「親孝行や人助けって、しようと思ってするもんじゃないんだ。」って思うようになりました。

親に感謝しているから親孝行するのではない。同様に、人が困っているから助けるのではない。「人間だから支えあうもの」なんじゃないか?

手術直後の寝たきりの自分のことを思えば、「人は支えてもらわないと生きていけない」ってことが身に染みて分かりました。

そして、そんな状態の私が少しずつ回復してく様子を見て、周りが喜んでくれている・・・。つまりそんな状態の私だって、様々な形で人を支えることが出来ているわけです。私が回復することによって、周りの人の看病が報われるわけだから・・・。

今現在私が出来る親孝行は、病気を治すことです。私自身が元気に暮らしていること自体が、親孝行になってるんだと思います。

その意味で、私の健康状態は両親の生き甲斐の一つになっている。患者の健康状態が生き甲斐になっている医療従事者と同じように・・・。

また、もう一つ分かったのは、「私の体なんだから、私の自由にしていいんだ」というのは、傲慢な考えであるということです。

それは、「自分の体は自分のみの力だけで作られてきた」という勘違いからきているのでしょうが、1回大きな病気にでもなればすぐに目が覚めるでしょう

人は社会的動物ですから、一人で生きていくことは出来ません。

その意味で完全に自立した人間は、(仙人を除けば)世界中にどこにもいないはずです。

誰かの支えがあったから、今の自分があるんだってことに気づけないと、人は崩壊に向かっていくんですね。

それは経済的な面かもしれませんし、人間関係かもしれませんし、私のように健康面かもしれません。必ず崩壊につながります。

だってその「気づき」がないと、(他人も含めて)自分以外のものに対して「感謝の気持ち」が生まれてこないでしょう。そしてその気持ちがなければ、今度はこちらから相手を支えてやろうという気持ちが沸き起こってこないし、相手もこちらを支えようという気持ちにならないでしょう。

お互いが支えあってこそ「社会」が成立します。片っぽだけが支えてばっかりだと、「社会」が成立しません。もし人間が社会的に生きようと思うなら、そのままでは絶対にうまくいかないのです。

また逆の観点からみると、こういうことが言えると思うんです。少し大きな話になっちゃいますが(汗)つまり、

国の経済がおかしくなっているのは、テロやいじめや様々な事件が多発してるのは、ガンやうつ病や様々な病気を患う人々が増えているのは、「社会」がうまくいっていない証左ではないでしょうか?助け合いの関係がうまくいっていないからではないでしょうか?

もっと言えば、「人以外を含めた全てのものとの関係性」がうまくいっていないからではないでしょうか?

社会との関わり、または家族関係や人間関係、もっと抽象度を上げて言えば、「様々なものとの関係性」がギクシャクし始めているということは、「何かが崩壊しかかっている」ことだと思います。もしくは既に崩壊しているのかもしれません。

「自分さえよければいい」は絶対にうまくいかない

もちろん「崩壊したものは、修復可能である」と思っています。

でも、ガンになってしまって「今の自分があるのは、自分だけの力ではない。っていうか、自分の力なんてのは、結果にほとんど貢献していない」ってことに気づいた時、そして「人間はお互いに支えあっていく社会的動物なんだ」ってことに気づいた時、

あぁ・・・、ガンを治そうと思ったら、「自分以外のものとの関係」をもっと大切にしなきゃな・・・。

ってことに気づきました。

病気を患ったり、仕事などで大きな挫折に見舞われた時は、自分にばっかり目がいきがちになりますが、(ガンのような)そういった大きな事件を乗り越えていく時に重要なのは、自分自身の力よりも「他者との関係性」なのです。

がんの闘病記などを読んでいると、見事ガンを克服されている方は、ほとんど例外なく家族との関係が良好ですし、加えて親友や会社の同僚との関係も良好です。

良好という意味は、「お互いが支えあっているということ」つまり、「自分自身も相手に対してなんらかの貢献をしている」ということです。

治療がうまくいかない人の特徴

治療がうまくいっていない人ほど自分の運命を呪い、環境を呪い、人間関係を呪い、ブログやツイッターなどで悲観的なメッセージを発して反応が来るのを待っています。

呪いの言葉ばっかりつぶやいている人に、人が反応すると思いますか?

そんなことをしたら呪いが伝染してしまうので、人は離れていくでしょう。

それでも反応する人というのは、いわゆる同じタイプの人達です。

いつまで経っても自分のことばっかり・・・。支えられてばっかりで、相手を支えようとしません。

治療がうまくいく人の特徴

治療がうまくいっている人は、運命や環境を呪うようなことをせず、それを受け入れ、自分が出来る範囲において相手を支えることをします。

だからこそ相手からも支えられ、その人の元に情報が集まるのです。

例えば、私が勉強させていただいた闘病ブログの1つである「肝臓ガン末期 余命3ヶ月の宣告から克服までの末期ガン闘病記」を読んでみますと、管理人の笹野さんは、もちろんご自身もガン克服に努力されていらっしゃいますが、非常に家族や仲間たちから愛されています。

それが非常に大きいと思うんです。彼は、ガン克服の決め手になったともいえる健康食品に出会いますが、それも彼が周りとの関係性を大切にしていたからこそ、彼の元に本当に必要な情報が集まるのです。

もし笹野さんさんがね、周りの人との関係性を大切にせず、支えられてばっかり愚痴ばっかり言っていたら、その健康食品に出会えたでしょうか?その健康食品を紹介してくれた方に出会えたでしょうか?その方は健康食品を紹介してくれたでしょうか?私は微妙だと思います。

自分の力より「関係性」のほうが大事

運命や環境のせいにするのは無意味ですし、自分一人で出来ることなんて本当に少ない。であるならば、周りとの関係を大切にするべきでしょう。

私が上のほうで「私自身が元気に暮らしていること自体が、親孝行になる」って書いたのは、ガンを克服することが1つの親孝行になるって意味だけではなく、「ガンを治す為には、親との関係を大切にしなければならない」って意味でもあるのです。

「いやいや、親や周りの人間は関係ないっしょ。自分の体の問題だし、周りがどうであろうが治る時は治るし、治らない時は治らない」

もちろんその意見も一理あるのですが、そういう方は今まで死ぬ寸前まで追い込まれた経験がなかったか、自分の力だけではどうにもならない問題に(まだ)ぶち当たったことがないかのどちらかです。

よくね、映画かドラマかなんかでのセリフで、

「最後に信じられるのは自分だけだ」

とか、

「俺は一人で生きてきた」

とか、えぇカッコしいのキャラがいるのですが(笑)こういう人達の言う「最後」とか「一人で生きてきた」という言葉は、私に言わせると、

「最後」というのは、その人がそう思っているだけで、実は全然「最後」ではない。

今まで一人で生きていけたほどの問題にしかぶち当たっていない。あるいは、困難な問題からはひたすら逃げ続けてきた。

ってことが多々あるので、非常に薄っぺらく聞こえるんですよね。

しかし、私が身をもって体験したように、自分ひとりの力だけでは解決出来ない問題は現実にあります。そして、それを永遠に避け続けることは出来ないので、「では、その時にどうするか?」ってことを真剣に考えないといけないのです。

おそらくその時は「(人でも物でもいいけど)助け」が必要なのです。その為には「他者との関係性を大切にする」態度が必要だと思います。

ただ、ここは勘違いしがちなところなのですが、

  • 助けてもらう為に、人を助ける。
  • 見返りを求める為に、相手と関係を持つ。
  • グループからハブられない為に、グループに尽くす。
  • 便宜を図ってもらう為に、接待をする。

こういうのは、「支えあっている」とか「関係を大事にしている」とは言いません。

これは単なる「取引」であり、見返りを求めている行為にしか過ぎません。

そこには他者との関係よりも、取引によって得られる利害のほうが優先されています。

そういうつながりは、なにか不具合が起きると簡単に崩壊しますので、そういうことをやってもあまり意味がないでしょう。ガンになったと分かれば、その人は離れていきます。「その人と付き合うメリットが、もうない」と判断されれば、その人は離れていきます。

あまりにも哀し過ぎます・・・。

ちょっと宗教チックなことをいいますが、相手を支えようとした時・助けようとした時に、「見返り」を求めてはいけないと思います。

その関係性を強固なものにしようと思ったら、「与えきりの愛」が必要だと思います。

もちろんそこには「知恵」が必要です。

与えて与えて与えまくると、それに相手が依存してしまって堕落させる可能性があるからです。下手をしたら自分が搾り取られて消耗する可能性もありますからね。(苦笑)

私は10日間ほど、医師をはじめ看護士の皆さん方に与え尽くされましたが、その時に思ったのが、患者さんを世話することによって、実は医師や看護師さんも救われているということです。

彼らの献身的な態度は、おそらく彼らの身近な人達にも向けられているので良好な人間関係が築けているはずです。つまり、彼らを率先して助けてくれる人達がたくさんいるはずなのです。

そういう人は強いです。人の助けを借りて様々な問題を克服できるはずなので、挫折することが少ない、しても短い間で立ち直ることが出来るのではないでしょうか?

感性を磨く重要性

1回本当の意味で死ぬ寸前まで追い込まれてみると、視界が広がって今まで当たり前過ぎて気づけなかったことが見えてきます。

たぶん50年、60年と齢を積み重ねながら、人ってのは自分の人生「観」や死生「観」を作り上げていくと思うのですが、私は今回の出来事のおかげで様々な「観」を同年代の人と比べて飛び級並みのスピードで鍛えることが出来たと思います。

そしてなにより「それを鍛えることが大切なんだ」という認識ですね。

この認識を持っているかいないかで、かなり人生の密度が変わると思います。その意味ではガンになった意味はあったのかなぁ~って思います。

感覚を磨かないと、情報に殺される理由
確か2年くらい前の話だったと思いますが、ある方に食事に誘われました。 私は極度の引きこもりですから、よほど親しい人じゃない限り食事はし...

でもその認識に到達するまでに、(当たり前ですが)たくさん絶望しましたけどね(苦笑)。何回も泣き言を言ったり愚痴を言ったりしてました。

でも、そういう経験も必要だと思います。何故なら、経験しないとそれが無駄だってことが理解出来ないからです。

まぁとにかく、これからが正念場です。

再発させない為にはこれからの「生きかた」「在りかた」にかかっています。そのようなことを考えながら、身が引き締まる思いで身支度をしていました。

大腸がんのステージの告知

しばらくすると、A先生がベッドにみえられました。

A先生はO先生の率いるチームのメンバーで、私の場合はO先生を頂点に、T先生、A先生を含む4人のチームで手術に臨んでくれました。

よく4人で病室を見に来てくれましたが、しゃべったことがあるのはO先生とT先生だけでした。A先生とはその時初めてお話をしました。

A先生:「新里さん、退院後の治療方針について、ちょっとご相談があります。少しお時間いいですか?」

私:「分かりました」

A先生と個室に移動した。

(わざわざ個室に移動するってことは、きっと重要な話なんだ・・・。)

A先生は2~3枚の書類を持っていた。

A先生:「新里さん、事前検査の通り、他の臓器への転移はありませんでしたが、大腸周辺にあるリンパ節への転移の有無を確かめる為に、リンパ節をいくつか切除しました。そしてそれらの病理組織の診断結果が先日出ました。まだ中間なのですが、計23個リンパ切除した中に、残念ですが2個の転移が見つかりました。

私:「そうですか・・・。」

A先生:「ガンの状態には4段階あります。新里さんの場合、リンパ節転移がありましたので、進行ガンの部類にはいります。ステージⅢです。

(進行ガン!?こんなに元気なのに・・・。)

A先生:「また、ステージⅢにも段階がありまして、新里さんの場合はリンパ節の転移が2つなのでステージⅢのa段階になります。4つ以上はbやc段階です。

(ふむ、ちょっとだけマシなほうなのか?)

A先生:「大腸がんの治療では、ステージⅢからは抗癌剤治療が望ましいとされています。」

(でたよこれ、抗・癌・剤!)

A先生:「退院後の術後補助治療は、私がこれから担当になります。新里さんはよく勉強されているようなので5年生存率の意味を知っていると思いますが、5年間は定期的に通院が必要になります。長い戦いですけど、共に頑張っていきましょう。」

私:「はい、分かりました。それにしてもステージⅢとは、ちょっとショックでしたね、こんなにも悪かったんですね。今は元気なのに・・・。」

A先生:「そうですね。これがガンの怖いところなんですよね。大腸がんに限らず自覚症状があまりないんです。自覚症状が出始めたときにはもうかなり進行しているケースが多いんです。ですが、私も新里さんの手術に加わりましたけど、目に見えるガンは全て取り除くことが出来ました。つまり根治手術は成功しました。ただ、切除したリンパ節に若干の転移が見られた、もし転移がなければステージⅡで抗癌剤適用ではありませんが、リンパ節転移があるとなると再発のリスクが高まりますので、目に見えないガン細胞を抗癌剤でたたく必要がある、ということです。」

A先生の話はさらに続く・・・。

A先生:「抗癌剤については、やるかやらないかは本人の判断で決めてもらいます。私としては抗癌剤治療を強くお勧めしますが、ご家族と十分ご相談なさってお決めになってください。でも、まあ新里さんは若いし、治療経過を見たところ、副作用に耐える体力も十分にあります。若い人は細胞分裂が盛んな分、ガン細胞が悪化するのも早いのです。新里さんの人生はまだまだこれからなので、私は抗癌剤治療をお勧めします。」

私:「分かりました。退院してから家族と話し合ってみます。」

A先生:「4月22日に外来を予約しておきますので、その時は家族と一緒にいらして下さい。その時にもっと詳しく説明します。」

(結構時間をくれるんだな。ありがたい。)

でも、後から考えてみると、抗癌剤のことを知るのに10日では時間が全然足りなかったです。

A先生:「すみませんね。退院でうれしい気持ちなのをつぶしてしまって僕も心苦しいのですが、話は以上です。」

私:「いやいやとんでもないっす。ありがとうございました。」

個室を後にして病室に戻り、退院の支度の続きに入りました。

両親も来ていたので先程A先生から受けた話をしたら、既に知っていたようでした。

(おいおい、いつ聞いたんだい・・・。)

退院の時間がきたのでナースステーションに退院の挨拶をしに向かいましたが、ほとんどみんな仕事中で2~3人しかいませんでした。ほんとに大忙しです。 (^^;

私:「退院出来ました。今まで本当にお世話になりました。」

ふかふかと頭を下げてお辞儀をしたのは、本当に久しぶりで気持ちの良いものでした。

ナースステーションに残っていた看護師さんも笑顔で見送ってくれました。

O先生とT先生にも一言お礼を言いたかったのですが、結局最後まで見つけられませんでした。

きっと今も、患者さんの為に診察やら手術やらをこなしているのでしょう。本当にありがとうございます。お体に気をつけ、頑張って下さい!

施設を出て、数十メートル歩いてから振り返ってみると、やはり少し寂しい気持ちがしました。

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コメント

  1. 谷田 敦子 より:

    この度私も主人があなたさまと同じような経過で、今入院中です。大変参考になりました。ありがとうございます。いまはまだ生検の結果待ちです。

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