ガンの告知を受ける

がんの宣告

組織の検査結果が出るまでに2日間あったので、私は大腸がんについてひたすら調べていました。

発見されたS状結腸ポリープ

どうやら、ポリープの大きさが1cmを超えるとガン化している確率が急激に高くなるとのこと。

私のポリープはどう見ても2cm以上あります。(※ 実際には腸管の奥にも異型化したポリープが続いていて5cm以上の大きさがありました)。

(もうこれはひゃくぱー大腸がんだな・・・。)



検査結果を聞きにいく当日。午後5時半に予約なので、5時頃両親と一緒にNクリニックに向かう。

道中は誰もしゃべらず、重い道のりのなか、Nクリニックに着く。

待合室で呼ばれるのを待っている時は、ここ数年で最高の不安と緊張状態だった。

高血圧の母は待合室の血圧測定器で血圧を測っていたが、いつもの値より20ほど上がっていたそうだ。

しばらくすると看護師に呼ばれる。

いよいよ判決の時。

N先生が待っていた。

座って、すぐに一言。

N先生:「残念ですが、ガンですね。」

意外と冷静だったのを覚えている。

N先生:「すぐに手術が必要になります。」

自分のことより母のほうが心配だった。
血圧が上がって倒れてしまわないか・・・。

すかさず、「お母さん、大丈夫だから」と声をかけた。

内視鏡検査の時に説明したように、おそらく開腹してがん化したポリープごと腸を切る手術になるだろうとのこと。

母:「先生、手術は大丈夫なんでしょうか?」

N先生:「そんなに難しい手術ではありません。これから手術する病院で詳しく検査をするでしょうが、その検査結果が良ければ、完治の可能性は非常に高い種類のガンです。」

N先生:「なるべく早く詳しい検査が必要です。紹介状を書きますが、どこの病院にしますか?」

私は2日間の猛烈な予習によって(苦笑)だいたいこういう流れになること(ガンの告知後に紹介状を出し、大きな病院に移動して、そこで詳しい検査をする)が予想できていましたので、そのことについては既に家族と話し合っていました。

昨年、叔母が同じように大腸がんを患い、私と同じ開腹手術をN病院で受けていました。

手術は無事に成功し、その後の後遺症なども特にないそうなので、手術のスキルも高いと私は考えていました。

(これは私の勝手な考えですが)腸を切除する部分にもよると思いますが、手術の精度・きめ細かさによって、術後の後遺症である排便障害や腸閉塞などが起こる確率が決まると考えています。

例えば腸の縫合が雑で腸管が狭くなり過ぎると、便が通過しにくくなって詰まりやすくなりますから、腸閉塞も起こりやすくなるのではないでしょうか?

もちろん縫合する以上、以前と比べると絶対に腸管は狭くなりますが、それを出来るだけ腸管の広さ(太さ)を保ったまま施術出来るのかが、執刀医の優秀さを決めると思っています。

叔母はその後排便障害がまったくないらしいですから、執刀医はきっと優秀なのでしょう。そのようなわけで、私達は叔母と同じ先生に執刀してもらおうと決めていました。

父:「実は、去年私の妹が同じ大腸がんになりまして、N病院のS先生に手術をしてもらったんです。ですのでS先生宛に紹介状を書いて下さいませんか?」

N先生も元はN病院出身なので、S先生のことはよくご存知でした。

N先生:「S先生のことはよく知っていますし、優秀な消化器専門の外科医ですが、残念なことに、今S先生は海外の病院で勉強中のはずです。」

(マジか…、じゃあどうしよう。県内一といわれるT病院のほうがいいのか、、)

N先生が続けて話す。

N先生:「でも、S先生のボスに当たるO先生がいらっしゃるので、O先生に紹介状を書きましょうか?腕は確かです。」

父:「お願いします。」

私も異論はありませんでした。

N先生:「では、さっそく明日N病院に行って下さい。今から紹介状を準備します。なるべく早く検査を行った方がいいので」

N先生の言葉のトーンが事の重大さを物語っていた。

ガン告知がもたらすストレス

がんの告知と免疫力の関係

あと、色々なんか言われましたが、あまり覚えていません。

(私は死ぬんだろうか・・・。)

Nクリニックを後にし、帰りの車の中で「今までの人生」を振り返っていた。
しかし、事がでか過ぎてあまり物を考えることが出来なかった。

急に微熱がでてきた。病は気からの格言のように、ガンの告知を受けた私は、急に体が病人っぽくなっていた(苦笑)

ガンの告知を受けた患者は、ひどいショックで免疫力を10~30%低下させる。

と、なにかの本で読んだことがある。

Nクリニックから帰る途中に、ショッピングセンターに行って食材を買いにいった。

母と一緒に食材を選ぶ。

いつも私がかごをもつのに、今回は母が持とうとする。全然体は元気なのに(苦笑)

その日は家族みんなで調理をし、久しぶりに3名一緒に食事をした。いつもは別々の部屋で、別々の時間に食べるのに・・・。

もしかしたら、3名一緒に飯を食べるのはもう何回もないかもしれない・・・。

そんなことが頭をよぎりつつ、みんなで食卓を囲んで夕飯を食べました。

久しぶりなので結構楽しかったです。

話をしながら食事をするのは、もしかしたら消化によくないのかもしれないけど、家族と一緒にいるかけがえのない時間を、少しも無駄にはしたくなかった。

その日はなかなか寝付けなかった。

がん告知をされた日が、今思うと一番辛かった・・・。

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コメント

  1. 猪野 敏 より:

    新里様
    投稿した猪野です 私は平成元年にS字結腸ガン機械吻合で ストーマを付けなくてすみました もう30年です 新里さんは経過どうですか 実は私の母親系が6人大腸ガンで手術してます 内 再発無くなった親族は2人 ストーマ2人 生存2人です 高齢者もいます 私ごとですが 重症筋無力症という指定難病で4年経過 治療はプレドニンというステロイド剤で 天使で悪魔と呼ばれる薬です 長期間飲むといくつもの副作用が出ますので減量してますが 0には出来ないのです 現在プログラフという免疫抑制剤を飲み始め プレドニンを減らしていますが 体調は良くないです 疲労感 倦怠感
    脱力感が 24時間続いています 午前1時間 午後1時間 夜間7時間睡眠を取っても改善されません 特効薬が無いのです 現状維持なのです 薬をやめると 筋肉が衰え呼吸困難発作が起き死亡です 医師が言うには 薬治療していれば ガンほど怖い病気ではないと 気休め的な慰めを聞きました 身体外見上は健常人に見えるので 兄弟姉妹 友人 知人から どこが悪いのと言われ 理解してもらえないことがつらいです 宴会 旅行等 はつらくて 病気になってから行っていません 今年63歳の爺です 1955年8月9日生まれ 獅子座 血液型O型 茨城県在住です

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