自立した野菜、自立してない野菜

そして2つ目ですが、それは「食物が育った環境」です。
私は食べ物を選ぶとき、「その食べ物がかつて生きていたとき、どのような【環境】で育ってきたのか?」を、結構重要視しています。「美味しさ」「(実質的な)栄養価の高さ」「安全性」よりも重要視しているかもしれません。

食物に限らない話ですが、苛酷な環境で育ってきたものはやはり何かが違います。

同じ稲のはずなのに、病気に簡単にやられるものもいれば、一切罹らないものもいる。
台風や水害で簡単にダメになるものもいれば、大地にしっかり根を張り、すくすくと伸びていくものもいる。そこには「栄養価」では説明出来ない何かがあると思うのです。

専門家が言うように、苛酷な環境で育ってきたものほど、外敵から守る能力は向上しているでしょう。しかし、そういうものをひっくるめて「命をいただく」のが、自然ではないでしょうか?

「自然の食べ物だったら全部体に良い」というのはあり得ません。
「人間にとって有益な栄養素と有害な栄養素が両方含まれていて、多少有益なほうにバランスが傾いているもの」を有難く食べることが、私は「健全な姿」だと思います。

極端にバランスが偏っているものこそ不自然であって、どちらに傾こうが、それは有害です。

このことを考慮に入れたうえで、改めて慣行栽培で作られた農作物を考えてみて下さい。
環境が苛酷だとか、ぬるま湯に使っているとか、それ以前の話であることに気づかないでしょうか?

彼ら(慣行農法で作られた農作物)は生き物として自立していません。親(農薬)とご飯(肥料)がなければ、餓死するか、外敵によって簡単に駆逐されるでしょう。人間社会と照らし合わせたら、肥料はまだしも農薬漬けで甘やかされた状態がいかにマズイか分かると思います。

そんなニートな農作物で世の中は溢れているのですが、「少なくとも米だけは自立したものを食べたいな」という想いが私の中にはあるので、今でもこの玄米を食べ続けています。弱々しい、自立してない作物を食べ続けて、果たして病気が治るのか?健康や美容やアンチエイジングに良い効果をもたらすのか?私は甚だ疑問なのです。

私の考え方や姿勢(生き様)が間違っている可能性もあります。私自身もそれが正しいのかどうかはよく分かりませんが、とりあえず今のところは抗がん剤治療なしで3年以上もガンの再発を抑えています。

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