頭のおかしいK君との対話

私の知り合いに、世界平和の理論を構築しようと大真面目に考えているバカがいます。

もう30を超えているというのに、まだ中2病が治らない哀れな子かと思いきや、
日本一厳しいと言われている某大学の哲学科を出ているので、それなりに実力の伴っている中2病だと思います。

いつだったか覚えていないのですが、彼に聞いたことがあります。

私:「で、世界平和の理論を構築するのはいいんだけど、なんで哲学なの?」

K君:「人間の本質を体系化したものが哲学だからだよ。それを中心に据えなければ、非現実的な平和理論になってしまう。人間がなぜ争うのか、なぜ格差が生じるのか、なぜ欺くのか、などを解明しようと思ったら哲学の理解が不可欠であり、しかし同時に形而上学に終始せず現実の問題を変革するために正しく応用されねばならない。」

・・・。ちょっと何言ってるのか分からなかったので、ちゃんと日本語でしゃべってくれないかとお願いしました。

要は、こういうことらしいです。

人間が平和に暮らすためには、深いレベルで人間を理解しなければならない。
それには哲学を学ぶのが最適だけど、同時に実用的なものでなければいけない。
生活を良くしない、人を幸せにしない哲学は、害悪以外の何物でもない。

前提を疑え

たしかにそのとおりかもしれません。哲学に限らず他の学問もそうですよね。

経済学の景気予測なんか、ほとんど当たったためしがありません。
それはK君が言ってた非現実的な平和理論と同じように、人間は合理的に行動するという非現実的な推論を前提に組み立てられた理論だからです。

現代医療もそうです。救急医療についてはたしかに成果を上げています。
平均寿命も健康寿命も年々向上し、私達は(良くも悪くも)死ねなくなっているのですが、生活習慣病に対しては「薬で抑える」ことしか出来ていません。

頭の良い人達がたくさんいるにもかかわらず、何百年も同じことを繰り返しているので、「本当に治そうと思っているのか」すら個人的には疑わしいわけですが、人間を1つの有機体とみなして全体を見ず、「悪いところだけ治せばいい」という非現実的な推論を、いい加減どうにかしたほうがいいと思います。

これは下記で述べますが、生活習慣病に対処するには医学以外のロジックが必要になってくると思います。

空中戦はやめて、地面にしっかり足つけて歩こうよ

ほとんどの学問がそうですが、そのなかで生み出された理論(らしきもの)は、その殆どが空中戦になっており、現実の世界に活かしきれていません。

それでは非常にもったいない・・・。

現実の世界に活かすためには、その前提として「深いレベルの人間理解」が必要です。

私達は空中(=理論上の世界)に生きているのではなく、地上(=現実の世界)に生きているのですから、「地上で使える理論」でなければ、それは現実的ではありません。

別な言葉で言えば、幸せにはなれないのです。

冒頭で登場した頭のおかしい彼ですが、彼の通っていた哲学科は自殺率が異常に高いことで有名です。

頭が良すぎて「人生に意味はない・・。」と悟ってしまい、
夏休みなどに皆さん死んでしまうらしいんですね。

だから教授が夏休み前に

「皆さん、生きる意味について考えるのも結構ですが、まずは生きようね~」

などと、わざわざ念を押すらしいのですが、
そういう中途半端に頭のいいバカ(学生)は、中途半端に哲学を理解して空中戦をやるからアホな行動を取ってしまうのです。

「自分は空中戦をやっていないか?」それに気づける知性が必要です

空中戦が必ずしも悪いとは言いません。空中戦ばっかりやることがマズイのです。
理論を追求し続けることは素晴らしいことですが、

  • それが、私にとってどうなのか?
  • あなたにとってどうなのか?
  • 社会にとってどうなのか?
  • 現実的なのか?

結局は、それが大事じゃないですか。

なにが空中戦になっているかを理解し、現実的な路線に切り替え、決断し、行動することが必要なのです。

空中戦になっている生活習慣病

生活習慣病については非常に面白いというか、面白いと言ってはいけないのかもしれませんが、
根本的な問題(生き方・考え方)を解決せずに、表面的な問題(症状)を解決しようとしても、必ず反動がくるのが特徴的です。

その反動をさらに強い治療(薬)で抑えつけても、さらに強いしっぺ返しがきます。
しばらくそのいたちごっこが繰り返されるのですが、最終的には必ず医療側(患者側)が負けるのです。

先ほどの話と同じです。表面的な問題(症状)だけを改善しようとすること自体が、「(K君が言ってた)非現実的な平和理論」のようなものなのです。

ガンでも糖尿病でも精神疾患でもそうですが、
あらゆる生活習慣病は、表面的な問題に注視している限り、ほとんどこのパターンを歩むと言っても過言ではありません。

生活習慣病の本質は、医療の問題ではない

生活習慣病を本当に治そうと思ったら、医療側に出来ることは殆どないです。
根本的な問題(生き方・考え方)にまで踏み込む必要があるので、「むしろそこに医療が踏み込んでもいいのか」という問題があります。

たとえばですが、


メタボ検診などで異常値を示した者は、
半年から1年ほど仕事を休職させ、
強制的に専門の治療施設に入院させ、
健康的な食事や運動を強制します。

そして、お務め(?)が終わったあとも、再び施設に入所してしまわないように、
健康的で幸せな考え方を注入するような思想教育(洗脳)を行います。


・・・。そんなことは社会が許しませんし、やってはいけないことです(苦笑)。

健康的で幸せな考え方を押しつける側が間違っている可能性もあるし、それは人々の自由な意志や選択を奪っていることに他ならないからです。

なので、現代医療が生活習慣病を根本的に治すのは、
技術的にも思想的にも無理なのです。

そもそも土俵が違うのです。
どちらかというと、社会学や心理学や教育の分野が扱うべき課題だと思います。
医療の質でどうこう出来る問題ではないと思います。

母が元気になるとき

私は約2ヶ月間、母のお見舞いに毎日行っていたのですが、
母が元気になるときは「親戚や母の友達がお見舞いに来たとき」でした。

普段は何を言っても食べてくれない病院食を全てたいらげ、見舞いに来てくれた皆さんの惣菜やお菓子も平らげる始末です。

痛み止めもいらなくなりました。
どんなにマッサージをしてもとれなかった足のむくみもなくなりました。

おそらく、食事を摂ったことで栄養状態が改善されたからでしょう。
こんなんだったら、毎日誰か来てくれないかなぁと思いました。

しかし、3日以上お見舞い客が来なくなると、途端に食欲が落ち、悲観的になるのです。
血液データもあからさまに悪くなり、貧血が酷いものですから輸血を行わざるを得ませんでした・・・。

母にとって、「孤独」は猛毒のようです。

私が毎日そばにいたとしても効果はないようなので、若干微妙な気持ちになるのですが(苦笑)、おそらく1番の治療法は「早く退院させる」ことであり、楽しみにしていたデイケアに通わせることでしょう。

私はデイケアの社長さんとケアマネジャーに相談し、退院後は週6日通わせることにしました。(元々は週3日)
そのことを母に伝えたところ、とても喜んでいたので間違いなかったと思います。

それからというもの、母は見舞客がこなくてもリハビリを頑張るようになりました。
相変わらず食欲はなかったのですが、それでも時間をかけながら頑張って食べようとするようになりました。

・・・。もっと早く気づくべきでした。

母にとっての生きがいとは、「人との触れ合い」だったのです。
この強烈な感情を上手く利用すれば、もう少し治療に積極的になってくれたかもしれません。

私みたいに一人黙々と野菜ジュースを飲んだり瞑想をしたりするのは非常に特殊な人種であり、
同じ理念や価値観を共有してる仲間が同じ空間に集まり、野菜ジュースを飲んでワイワイガヤガヤするようなコミュニティーがもしあったとしたら、母も継続出来たのかもしれません。

どこに生活習慣の「病(やまい)」があるかを見抜くには?

このように、生活習慣病というのは、なにが功を奏するのかが分かりません。

なぜなら、生活習慣病というのは「生活習慣の病(やまい)」なので、外から見えにくいからです。

で、生活習慣というのは「人それぞれ」ですから、当然治療法は「個別具体的」にならざるを得ません。

つまり、その人にあった治療法(オーダーメイド)を提供しなければならないので、「深いレベルの人間理解」が必要になってくると思います。

つまり、ここでも 「哲学的素養」が必要になってきますし、前回の記事でも話した 「コミュニケーション能力」も必要になってくるでしょう。

決して「5分程度の診察」では無理です。
医療ミスが起こるのも当然だと思います。

まぁ、それは医師のせいではないんですけどね・・・。
空中戦をやってることに気づかない(私を含めた)全員が悪いのです。

おそらく、避けられないこと

このままいけば、2030年までには日本はどん底を味わうでしょう。
たぶん、それは避けられません・・・。

頭が良くて裕福な人は、東京オリンピックが終わった辺りから、こっそりと日本から移動するでしょう。
北朝鮮の崩壊もいよいよ現実的になってきましたから、もっと早くにどん底が訪れるかもしれません。

あるいは、南シナ海の問題もあります。

地政学的には、中東よりもアジアが危険だと言われていますから、
どんなに左側が反対しようが、安全保障に予算を配分せざるを得ないです。

イギリスがEUを離脱し、アメリカには面白大統領が登場し、中国共産党は軍部をコントロールできていないし、北朝鮮が崩壊したら難民が日本に押し寄せるだろうし・・・。国際政治は混沌としています。

日本に目を向けてみますと、

こんな感じなんですが、これらを考慮したうえで日本の社会保障がどうなっていくのかを考えてみて下さい。

3割負担、高額療養費、維持できますかね?

ガンの標準治療である手術・抗がん剤・放射線治療・・・。
あるいは社会保障全てをひっくるめてもいいですが、
これらが空中戦になっていないかどうかを、真剣に考えてみてほしい のです。

抗がん剤が効くとか効かないとか、そんなのはどうでもいい話なんです。
そんな話ではなく、(金銭的な問題で)抗がん剤が使えない人が、これからたくさん出てくるかもしれないのです。

アメリカ的な医療のように、金持ちは治療の選択肢がたくさんあり、
貧乏人は治療の選択肢が少ないどころか、標準的な治療を受けることが出来なくなる日が来るかもしれません・・・。

やたらと自己責任が叫ばれる風潮になってきているのは、国の余力がなくなっている証拠です。
私達は現実をつぶさに見つめたうえで、「身の振り方」を考えなくてはいけません。
国は助けないのではなく、「助けられない」のです。

あるいは、「時代が変わってきている」のかもしれません。

東芝なんか象徴的ですが、国でも企業でも、時代の変化に適応しなかった者は、淘汰される運命にあるのでしょう。

時代の流れに抵抗し、国会前やテレビカメラの前で「はんたーい!」と世界の中心で愛を叫んだとしても、たぶん意味はありません。

世界の流れを変えるより、自分を変えましょう。
自分を変えない限り、弱者はいつまでたっても弱者です。

貧困が固定化されてしまう原因

社会流動性の法則

出典:格差の世界経済史 - Amazon

ただ、貧困が固定化されてしまう社会的構造があるのは間違いのない事実ですよね。
弱者が弱者であるのは、本人がダメ人間なわけではなく、社会構造が多分に影響しているというわけです。

じゃあ、政治が悪いのでしょうか?それともイデオロギー?

「違う・・・。」

キ○ガイK君は、そのように断言しました。

K君:「たしかにこれは由々しき問題だ。我が野望である平和理論を構築するのに最も邪魔な存在である。貧困が固定化されるような社会構造は、「時代」「土地」「気候」「人種」「イデオロギー」「政治体制」に関係なく、存在している。しかも信じ難いことだが、これらを決定するのは個人の努力ではなく、大部分が「遺伝」や「運」で決まっているという研究結果が出てきている。」

つまり彼によると、「遺伝」と「運(ランダム)」で貧困や金持ちが決まっているというのです。
にわかには信じ難いのですが、今のところそういう結論が出ていて、世界は究極の世襲社会であるというのが真実のようです。

私:「誰だい?そんな夢も希望もない説を提唱した輩は」

K君:「グレゴリー・クラークという輩だ。今のところ、誰も彼の説に反論出来ていないように見える。なにしろ世界各国の膨大なデータを分析した上での結論だからな。論駁しにくいのだよ。」

私:「本人の努力は一切関係ないと?」

K君:「そうではない。『親の遺伝や社会的能力で人生の7割以上が決まる』と彼は言っているが、本人の努力が一切関係ないとまでは言っていない。むしろ、本人の努力というランダムな部分(et:ランダム定数)が大きければ大きいほど、変数(親)の影響は小さくなるはずだ。」

私:「なるほど。まぁ、とにかくグレゴリー氏の説が正しいとすると、格差は厳然と存在するし、絶対になくならないということだな。」

K君:「そのとおりだ。グレゴリー氏の話を持ち出すまでもなく、格差は厳然として存在する。人間が二人いれば確実に格差があるだろう?俺と君の知識格差を考えれば分かるはずだ」

私:「うん、そうだね(棒)」

K君:「格差はなくならないが、格差の『幅』の問題はあるだろう。しかし、それとて本質的な問題ではない。俺と君では知識の格差は歴然としてあるが、君は私をうらやましいとは思わないだろう?むしろ『頭おかしい』という目で見ているはずだ。」

私:「うん、そうだね(棒)」

K君:「つまりこれは、格差の『幅』をどう捉えるかの問題であり、『多い』と感じれば多いし、『少ない』と感じれば少ない・・。これは完全に意識の問題であり、格差が縮まろうと広がろうと、そういう『思い』は絶対になくならないのだ」

私:「でも、事実として賃金の格差は広がっているじゃないか。しかも下の方に広がっているよね。生活が出来ないほど賃金が下がってしまったら、『思い』ではどうにもならないんじゃないか?」

K君:「生活が出来ないほどの低賃金ではない。そうなると大人しい日本人でもさすがに暴動が起こるはずだ。それと賃金格差が広がっているという話だが、それは事実と異なる。グローバルな視点で見ると、賃金格差は縮まっている。日本人の賃金は下方圧力がかかっているが、フィリピンやマレーシア、あるいはアフリカなどの賃金は上がってきている。つまり、格差は縮小しているのだ。理論上は、世界中で同一労働・同一賃金になる。」

私:「だからそれがマズイんじゃないのか?」

K君:「マズイかマズくないのか、善か悪かを論じる前にまず考えるべきことがある。『それが避けられるか・避けられないか』だ。君はどう思うんだ?」

私:「・・・。グローバル化が逆行しない限り、避けられないだろうな。」

K君:「仮に避けられないとしよう。君がとるべき道はなんだ?グローバル化に適応した方がいいのか?それとも抗い続けたほうがいいのか?どちらが生きやすいと思う?これは君の人生のテーマでもあるが、どっちが幸せになれる可能性が高そうだろうか?」

私:「なるほどね・・。」

K君:「格差や貧困問題も同じだ。時代の流れに合わない体制の中であれこれと制度設計しても、時代に合わないから上手く運用できるはずがない。格差とは何か?貧困とは何か?それぞれをしっかりと定義したうえで問題を明確にし、グローバル化に適した制度設計をしなければならないのだ。

私:「・・・。平和理論、出来そうかい?」

K君:「なかなかに難しい・・・。グローバル化だけではなく、テクノロジーの進歩との兼ね合いの中で考えなきゃならん。おそらく、一生終わらんだろうな」

私:「一生完成しない仕事をやり続ける意味はなんだい?」

K君:「愚問だな・・。やりたいからやってるだけだ。君だってそうだろう?」

私:「たしかに」

K君:「そもそも、やってることに成功や失敗という概念を持ち込むから苦しむのだ。殆どの人間は、仕事(やりたいこと)と労働を勘違いしている。成功や失敗の概念があるのは、労働である。もちろん、どちらが良いか悪いかという話ではないがな。」

最後に

この記事自体が空中戦になりつつあるのでこの辺で強引にやめますが、この記事で言いたかったことは、以下の3つです。

  • 理論上の話・理想上の話と、実際の話・現実の話をきちんと区別する
  • 現実に活かせるものを選択する
  • 効果を検証し、次の選択に活かす

色んな話をしましたが、結局は上記の2つを手を変え品を変えながら説明しているだけです。

3番目の「効果を検証し、次の選択に活かす 」については解説していませんが、
上の2つが出来れば自然にできることですので、特に説明する必要が無いのかなと思い、説明していません。

要望が多そうでしたら、新たに記事を書きます。

私は絶対に間違っているはずだ

このブログを開設して7年が過ぎましたが、私がやってきたことはこの3つだけです。

この3つのサイクルをぐるぐる回し、出てきたものを実践したら、ガンが治りました。

この3つは、偉大な哲学者であるハイデガーやデカルトのエッセンスが活かされています。
私が父や母に食事療法を強要しなかったのは、おそらくデカルトのおかげでしょう。

結果的に両親は助かりませんでしたが、強制したからと言ってガンが治ったかどうかは分かりません。

もちろん、「治ったはずだ!」という個人的な思いはありますよ。
しかし、何度も言いますが、食事療法は人に強制されてやるものではありませんし、押し付けてやらせたとしたら、おそらくもっと悲惨な結果になっていたと思います。

肺ガンの母が亡くなって、もう1ヶ月半以上がたったでしょうか。と思ったら。今度はもうすぐ、すい臓癌で亡くなった父の3回忌だったりします。そう考えると、時がたつのは早いものですね。母が亡くなったばかりの時は、あまりの忙しさにこう思ったものです。

このブログの管理人の方が根本的に間違っているのは、

  • 自分が間違っている可能性を疑っていないこと
  • それを人に押し付けていること

私は、この管理人の方の気持ちが痛いほど分かるのですが、
たとえ肉親とは言え、自分の価値観を人に押し付けてはいけません。
どんな結果になろうと、それはお互いのためにはなりません。

私は野菜ジュースの大量摂取がガンを治すと考えていますが、
同時に自分が間違っている可能性を常に考慮しています。

これね、非常に逆説的に聞こえるでしょうし、きちんと伝わるかどうかすっげー不安なんですが(苦笑)、

自分の判断や決断を信じつつ、自分は常に間違ってると考えているのです。

人と話をしてるときもそう、調べ物をしてるときもそう、本を読んでるときもそうですが、
「言ってること、書かれてることは全部間違っているだろう」と思いながら知識を取り入れています。

これがナチュラルに出来るようになると、良くも悪くも「自分のこだわり」がなくなり、思考がクリーンになります。

K君もきっとそうだと思うんですよね。彼は「哲学こそもっとも根本である」と思いつつ、それをどこかで疑っているから、突拍子もない結論を導けるんだと思います。(その結論すらも、どこかで疑っているわけですが)

そういう生き方してて、人生疲れないかい?(´・ω・`)

と思うかもしれませんが、です。
「こだわり」や「しがらみ」があるからこそ、人生疲れるんですよ。
「こだわり」や「しがらみ」があるからこそ、変化できないんですよ。

なかなか行動に移せない人や新しい発想が思い浮かばない人は、
自分が気づかないだけで、きっとなんらかの「こだわり」があるはずです。

でもそれはすぐに気づくことは出来ません。結構時間がかかると思います。

なのでその予行練習として、

自分の判断や決断を信じつつ、自分は常に間違っている可能性を考慮する

ことを、行動指針として生きてみてはいかがでしょうか?

これはノウハウやテクニック論ではなく、「生き方」や「在り方」なので、一朝一夕でできるものではありませんが、
出来るようになると、それが自然体でできるはずです。それが「生き方」になっていれば、呼吸や生理現象と同じレベルになるからです。

お知らせ

ということで、「こだわりを持たない」という話をしたのですが、さっそく有言実行したいと思います。

最近は「母が亡くなった経緯」を定期的に更新していたのですが、やめます。

なんとなく、私の中でこれを書き切らないと次へ進めないという「変なこだわり」があったのですが、
この記事を書いていくうちに(自分自身が)触発されました(笑)。

第一話 を書いている時は、かなり辛かったです。
このブログをやっていて、はじめて「書きたくない」という感情になりました。

今ではだいぶ心の整理も着きましたが、それでもこの話題については、どうしても書く気になれないのです・・・。

ですので、書く気になるまで待とうと思います。

これはラジオでも話したことなんですが、ブログは「書かなければならない」と思って書くものではないと思っています。

それだったら労働じゃないですか・・・。

もちろん、私みたいにブログで生計を立ててる方であれば、
「記事を書くのは労働である」と割り切ることで、毎日(嫌々ながら)記事を書いても結構だと思いますよ。

しかし、残念ながらそういう文章からは「にじみ出てくるもの」がないので、
人工知能記者と競合し、淘汰される運命にあるでしょう。

機械と競合したら、人間は絶対に勝てないです・・・。

文章の読みやすさとか、内容の良さであるとか、「それ以外の部分」も総動員して情報発信していかないと、
今後は生き残れないのではないかと思います。

そんな偉そうなことを言ってる私が、全然できていないのはよく分かっています(苦笑)。

特にスマホから私の記事を読むのは「かなりしんどいだろうな~」と思いますし、情報自体も探しにくいのかもしれません。

これでも記事の遂行段階で1/5くらいに凝縮しているのですが、
スマホ時代に対応するべく、記事を分割したほうがいのかなと考えています。

あるいは、

  • こういうデザインのほうが、サイトが使いやすい。見やすい。情報が探しやすい。
    → スマホ、PC、どちらでも構いません
  • こんなテーマを扱って欲しい

というのがありましたら、忌憚のないご意見をお聞かせ願えたらと思います。
良さそうなものがあれば、(私のスキルが許す範囲で)採用したいと思います。

新居の日常

・・・。さてさて、早いもので明日が母の四十九日です。

仏教的な意味合いでは、故人の魂がこの世を旅立つときだそうですが、淡々とこなすだけです。

私は、私の人生に全集中します。
きっとそれが、母への最大の供養になると思うからです。

このブログの運営は、皆様の「支援」によって成り立っています。

ご支援のお願い
私が目指しているもの

コメント

  1. 相田 より:

    新里様
    ご丁寧な返信ありがとうございます。

    玄米に塩を入れる理由は分からないのですが、陰陽のレシピ(https://www.wakasugiba-chan.com/ばあちゃんの食養/玄米の炊き方/)
    や西式甲田療法の玄米クリームの作り方を見ていると塩を加えており、塩に意味があるのかなと思い、質問させていただきました。

    そして、おいしい玄米粉ですが、おいしい玄米粉と玄米を精米した粉ではおいしい玄米粉の方が栄養価が高いということでしょうか?
    おいしい玄米粉は農薬は気にしなくてよいですか?

    何度もすみませんが、よろしくお願いします。

    • 新里(管理人) より:

      相田様、コメントありがとうございます。

      玄米に塩を入れる理由は分からないのですが、陰陽のレシピ(https://www.wakasugiba-chan.com/ばあちゃんの食養/玄米の炊き方/)
      や西式甲田療法の玄米クリームの作り方を見ていると塩を加えており、塩に意味があるのかなと思い、質問させていただきました。

      たしかに意味がありそうですね。

      私もさっそくマクロビオティックについて勉強しようと思っているので、
      丁度良い機会なので調べてみようと思います。

      情報、ありがとうございました!

      そして、おいしい玄米粉ですが、おいしい玄米粉と玄米を精米した粉ではおいしい玄米粉の方が栄養価が高いということでしょうか?

      美味しい玄米粉のほうが、米糠が残っていますので、栄養価は高いです。

      おいしい玄米粉は農薬は気にしなくてよいですか?

      美味しい玄米粉は焙煎処理されていますので、
      熱に弱い農薬は「ある程度」解毒されていると考えられます。

      参考になれば、幸いです。

      新里

トップへ戻る