命がけの「答え」

ここまで成功哲学に関する私なりの考え方を書いてきました。

世の中を見渡してみると、ほとんどの方が成功というものに対して誤解している、いい大学に入って、いい会社に就職して、老後は貯金でゆっくり暮らすとか、起業して成功するとか、そのような貧困な発想しか出来ていない・・・。

そしてその原因の多くは、

  • 「成功哲学的な成功」が成功だと思わされている。
  • どこかに答えがあると思っている。

この2つが全てだと思っています。そしてこの2つが「私達が病んでしまう原因」だと思っています。

何度も何度も同じ事を書いているようで申し訳ありませんが(汗)大事な事なので繰り返します。世の中の構造上、成功哲学では成功出来ません。成功の定義が狭過ぎるし、みんなそこが成功だと思わされてそこに向けて一直線に突っ走るから競争過多に巻き込まれるのです。その結果、多くの人が挫折します。

成功哲学を追い求めること自体、「答えが何処かにある」という発想が前提にあります。

「ないんだ!そんなものは」

って事が私の言いたいことなんです。

「答え」は自分で創り上げていくべきものなのです。
もっと言えば、「答えはなんでもいい」んです。

あなたが現実を全力で生きた上で出した結論なら、
それが「あなたにとっての答え」です。

評価を求めてはいけません。テレビみたいに「外国では、日本についてこう評価しています」のような、他国の表情を常に伺うようなマネはみっともないと思います。

相手からの評判によって、自分ががんじがらめにされてしまっています。

これも「自分ではなく、他に答えを求めてしまう態度」の典型例です。

これもストレスの源泉になります。

そうではなく、自分自身が搾り出した結論にもっと自信を持つべきです。

私は、考えて考えて考え抜いた末に、抗がん剤治療を拒否しました。

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家族はもちろん担当医も反対しましたが、それでも自分自身が搾り出した答えを信じました。まさに命がけです(※抗がん剤治療をやめろと言っているわけではありません。)。

私は思うんですが、「自分の創り上げた答え」に自信が持てないのは、答えを創り上げる過程で「全力を出し尽くした感」がないからだと思うんですよね。

迷いが一切なくなるほどやり尽くした感・考え尽くした実感がないんだと思います。

つまり、「手抜き」です。手を抜いて、日々を生きているんです・・・。

1日1日を自分なりに丁寧に生きれば、「全力を出し尽くした感」があるならば、誰から何と言われようがどんな評価を受けようが、全く気にならなくなります。

年初めの今だからこそ、「自分の創り上げた答え」を考えてみるのもいいと思いますよ。

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